平助の母親
□41.
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「わたしが勝手に…」
そう言って黙りこんでしまった名前。
「………?」
名前が勝手にって…、
俺が原因じゃねぇのか?
一体なんだってんだ?
「おい…、黙ってちゃわからねぇよ。俺はおまえの事、もっとちゃんと知りたいんだ。お前に悲しい顔させちまった原因を教えてくれ。」
車のドアについていた手を離し、名前の体を抱き締める。
俺の腕の中にすっぽり収まった名前の肩は小刻みに震えだし、俺の額から名前の頭が離れていく。
俯いて……、
泣いている……?
「…名前……」
抱き締めたまま名前の顔を覗き込もうとすると、両手で顔を覆う。
「ち、違うんです…。わ…、たしが…、」
グスグスと泣きながら喋るもんだから話が先に進まねぇ…。
しばらく様子を見ながら待ってみたが、状況は一向に変わらない。
「はぁ…、ったく…。」
ついため息が出ちまった。
すると、一層肩に入る力が強張りグスグス言ってたすすり泣きがピタリと止まったかと思うと、顔を覆っていた手で抱き締める俺の腕をほどこうとする。
「…な、なんだよ………?」
もちろん名前の力なんかに俺が負けるはずがなく、更にきつく抱き締める。
「わ…、わたし…、先生に、嫌われ…たくなぃ…!」
「………は?」
突然何を言い出すのかと思ったら、ちっとも訳のわからねぇ事言って、更に俺の腕をほどこうともがきだす。
「ちょっと、…落ち着け」
俺も抱き締める力を更に強めて名前の頬に自分の頬を擦り寄せるように背を屈める。
「ちゃんと…、結論だけじゃなくて、経過論もちゃんと聞かせてくれよ…。……俺がお前を嫌いになんて、なるわきゃねえだろうが…」
名前が落ち着くように、ゆっくり、静かに囁いて言うと、少し気持ちが鎮まったのか、俺の腕にかかる力が緩む。
「ちが…、違うんです…」
言葉をひきつらせながらも、気持ちを伝えようと話し出す名前。
普段の俺なら「だから何が違うんだ!?」と怒鳴って先を急かしてしまうんだろうが、俺も名前の思ってることを聞き逃したくなくて、名前の頭を抱え込むように抱き締める。
「わたし…、先生の事、大好きで…
だけど…、好きになりすぎて、…嫌われちゃったら…、も、…もう、ひとりにな…るの、…こ、怖」
「ならねぇよ」
名前が嗚咽混じりに話すその言葉の中に、
この何年かの間、きっと一人で抱え込んできた、
その柔らかい笑顔の下にずっと隠してきた感情が全部含まれているようで、俺はその全てを受止めたいと、抱えた手で名前の頭をゆっくりと撫でた。
「俺はお前をひとりになんかさせない。嫌いにもならねぇ」
「…、でも…」
「でもじゃねぇ。確かに俺たちは知り合ってまだ間もないのに、先の事考えたりとか突っ走り過ぎたかも知れねぇ…」
「………。」
「……、だが、俺だってお前を失うなんてごめんだ。絶対離したくねぇ」
「………」
「まだお互いの事、ちゃんと知りもしないのに…、離れて行ったりすんなよ…」
俺の話を黙って聞いていた名前がまだ少しひきつる息で口を開く。
「……、う…。でも…、このまま、もっと先生の事好きになったら…、先生がいなくなったとき、…わたし」
「だから、いなくならねぇって…」
「そんなのっ…!…そんなの、わかんないよ…。もうこれ以上、大切な人がいなくなる痛みなんて…、いらない…」
そう言ってまた体を固くして俯いてしまう。
こんなときに思うことじゃねえかもしれねぇが、やっぱりこいつは他のどのオンナとも違う…
この小さな体で多くの悲しみを受けて、それでも必死に平助や千鶴に不安を与えないように一人で踏ん張ってきたんだ。
だから俺はその支えになってやりたいと思うのに、…名前は
そうじゃねぇって言うのか…
俺を失うのが怖いって…
そんなの…、俺だって…
「…俺は、おまえの支えになりてぇんだ。…それに、…それだけじゃねぇ。…俺がお前にそばにいて欲しいんだよ…」
静かに呟くと名前の体の力が緩む。
「俺がお前を必要としているんだ。だから、俺はお前から離れねぇ。絶対だ」
名前の体を反転させてきつく抱き締め、首筋に顔を埋める。
「俺が本当の俺でいられるのは、おまえの前だけだ。だから…、俺のそばにいろ」
「俺から離れていかないでくれ…」
名前の肩に手を置いて顔を離す。
名前もそれに合わせて俺を見上げる。
「……………。」
「………な、……なんですか……」
「……、眼鏡ずぶ濡れすぎるだろ」
「っ!?」
フッと笑って眼鏡をはずしてやると、泣きすぎて真っ赤な顔を更に赤くして目を見開く。
名前の頭を抱え込むように抱き締めて、もう一度さっきと同じ台詞を呟き、抱き締めて密着した体を離し俯く名前の顎に手を添え目を見つめる。
名前の大きな瞳から溢れる涙に口を付け、また小さな体を抱き締め、二度と離れるなんて言わないように、
その唇を塞いでやった。
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