始まりは視聴覚室

□3.
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全くもって不愉快な気持ちで授業を受けていると隣の席の子からつんつん腕を突つかれ視線を向けると、ポイっと小さな何かが机の上に放り込まれた。



「………?」



ノートの上にうまい具合に着地したそれを手に取り、隣の子に視線を向けると「あっち」というようにシャープペンでくいくい指し示す。



「???」



見ればはるか遠い前方の席からこちらに振り返り両手を合わせて「ゴメンね」と口パクで訴える千鶴ちゃんが視界に入った。



「?」



小さく折りたたまれたものを顔の高さまで上げて首をかしげると千鶴ちゃんはうんうんと頭を縦に振りバイバイと手を小さく振って黒板へと姿勢を正した。



「?」



手紙…?

千鶴ちゃんから送られてきた小さな手紙をそっと開くと千鶴ちゃんの人柄を表すような控えめな小さい文字が丁寧に綴られていた。

手紙の内容を確認してから千鶴ちゃんの方へ顔を上げると遠く離れててもパチっと目が合う。
ニコッと笑顔で右手の親指と人差し指で円を作って見せれば、パッと華やかな笑顔になる。
そんな千鶴ちゃんの笑顔につられて私も笑顔になって、さっきまでの不快な気分なんて何処へやら。
千鶴ちゃんとの小さな約束に心踊らせて残りの授業時間をウキウキと過ごした。







そして待ってましたのお昼休み。

手紙に書かれた『お昼一緒に食べようね』の約束通り私の机まで来てくれた千鶴ちゃんの提案で学食の外にあるテラスで食べることになった。



「中庭で食べるの初めて。千鶴ちゃんはよくここで食べるの?」



テラスのテーブルにお弁当を広げながら、初めてのことに少しドギマギしながら千鶴ちゃんを見ると、にっこり笑顔で彼女もお弁当を広げる。



「うん、お天気のいい時は結構来てたかな。」

「そうなんだ。私はだいたい食べた後はゆっくり本読んだりするからあんまり教室から出ないんだけど…、千鶴ちゃんって意外とアクティブなんだね!」

「アクティブ…かどうかわからないけど…、」



苦笑いを浮かべる千鶴ちゃんを前にご飯をひとくち。



「あ…、でも、今日はいいの?いつも一緒に食べてる人とかは…」



私は一年の時に一緒に集まって食べてた子とクラスが離れてしまったからこうして一緒に食べようと言ってくれるのはすごくありがたいんだけど…、千鶴ちゃんを独占しちゃってるんじゃないかとふと気がつく。



「あ、うん。大丈夫。いつもここに来ればだいたい自然にあつまってきたりするから」



ニコッと笑って千鶴ちゃんもご飯をひとくち。

集まってくるって…。
てことは千鶴ちゃんも同じクラスには一緒にご飯食べる子はいないんだ…。
なんとなく親近感。

それから他愛もない会話をしながらお弁当を食べ進めていると、渡り廊下の方から突然賑やかな声が聞こえて二人で顔を見合わせてから振り向くと、そこには派手な女子生徒を連れ立って歩く長身男子…。



「あ……」
「沖田先輩…」



私の声と千鶴ちゃんの呟きが重なる。

沖田先輩…。




沖田総司。




さっきの午前中の授業、
視聴覚室からの帰りに、三年生の教室の前で訳もなく睨まれて邪魔扱いしてきたヤツだ…。

一瞬でムカっとした気持ちが湧き出てきて振り向いていた顔を勢いよくプイッと元に戻す。
ガツガツとお弁当をかきこむ私をキョトンと目を丸くして一瞬見つめた千鶴ちゃんは眉を寄せて小さく肩をすくめる。



「さっきはごめんね?」

「………、え…?」

「沖田先輩。私と平助くんがあんなとこで話してたから沖田先輩になまえちゃんまで邪魔って言われちゃって…」



チラっと千鶴ちゃんの視線が私の肩を通り越してその対象者へと向けられ、そしてまた眉をハの字にして苦笑い。



「や、そんな、千鶴ちゃんが謝らなくても!…それに?別にあんなの、気にしてないし?」

「…そう?」

「そう!だって別になんの関わりもないし、これからも別にお近づきになる予定もないし?」



そうそう。
沖田総司なんて同じ学校にいるってだけの全く関わり合いになんてならない人なんだ。
ただ、いろんなことでその名が学校中に知れ渡ってるってだけの事で、こっちから近づかない限り一生関わることのない別世界の人間なんだ。

言いながらお弁当のおかずを次々と口に放り込んでいると、賑やかだった女子生徒の声が渡り廊下からだんだん近づいてきているように思う。

と同時に「あ…」と千鶴ちゃんの小さな声にお箸を咥えたまま視線を上げると…。



「やあ千鶴ちゃん。今日も美味しそうなお弁当だね」

「あっ!」

「おっ!?おきた…っ、そう、じ…」



ひょいっと千鶴ちゃんのお弁当箱から綺麗に巻かれた卵焼きを口に放り込む沖田総司がいて…。



「………。」

「…………、」



今いま、絶対に関わることのない人だと言っていた人物が目の前に立っていて、驚き固まる私。
そんな私を、卵焼きを摘んだ右手の親指と人差し指をぺろりと舐めジッと私を見下ろす沖田総司。



「………っ」



その蔑むような視線の鋭さに息を飲み込んで動けずにいると、真正面からまっすぐにマジマジと顔を覗き込まれる。



「キミ、誰?どうして僕の名前知ってるのかな?」

「っ!」

「今、沖田総司って呼び捨てにしたよね?」

「っ!し!してません!してないです!さんって最後に小さく…」



言ってないけどあまりの恐怖から咄嗟にウソをついてしまう。だって怖かったんだもん。
激しく両手と首をぶんぶん振って否定すると、屈めていた背中をゆっくりと伸ばし、興味なさげな声で「ふぅん?」とまたもや私を見下ろす沖田総司。さん。



「ま、別にいいけど。知らない子に僕の名前気安く言って欲しくないな…」

「あ、この子は私と同じクラスで…!」



慌てて立ち上がる千鶴ちゃんの言葉途中なのに気にも止めずにまた背を屈めて私の顔を正面から覗き込むように近付き真顔で見つめられる。



「っ……」



いきなり至近距離で見つめられて、私はこれでもかというほど目を見開いて目を瞬かせる。
そんな私をジッと見つめていた鋭い眼差しは次の瞬間、にッと三日月型に豹変する。
そして口元に何かが触れた感触…。




「っひっっ!!!?」






「ご飯粒。付いてたよ」



さっきぺろりと舐めた右手の親指と人差し指で一粒の白いご飯粒を目の前に差し出される。



「んっっ!!?」



見開いていた私の目はまだまだ大きく開くことができたようで…。
さらに驚いて大きく目を見開いたまま息を引き攣る私の下唇にそれを押し付ける。



「残さず食べなよね」



それだけ言ってくるりと踵を返し、学食へと続く渡り廊下の先へと歩いて行った。
その後を追うように派手目の女子達も。





「………!くっ…、」

「………………」




…なんとなく負けた気持ちで噛んだ唇は、
少しだけ硬く冷たくなった白米の味がした。






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