僕のおねえさん

□83.
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それから、午後のテラスはいつもと同じように賑わい、私もいつも通り振舞っていたつもりだったけど、時折窺うような眼差しで見上げてくる龍之介くんの視線を感じ、その度に笑顔を見せて1日を過ごした。



「名前さん、疲れてるんならオレ一人で閉めれるし、もう帰ったら?」



最後のテーブルセットを隅に運び、シートを掛け終わった龍之介くんがカウンター越しに見上げて言う。



「大丈夫。こっちももう売上出して入金しに行くだけだから」



売上金を数える手を止めて龍之介くんへ笑顔で首を傾げてみるけど、返される眼差しはやっぱり少しだけ眉を顰めた心配顔。
だけどそれ以上は何も言わず、一緒に戸締りをしていつも通りATMへと並んで歩いた。


陽の沈みかけたキャンパスに一際明るいATMの明かりの前まで来ると、突然私の手から売上金とレジの準備金の入った入金鞄が取り上げられる。



「わっ!!?」



驚いて見上げると悪戯な笑みを浮かべた龍之介くんが片手で高々と入金鞄を掲げる。



「ほらぁ〜!そんなぼんやりしてると、こ〜やって大事なもん取られちまうんだぜ!疲れてるんだからそういう時くらい頼ってくれよ」

「龍之介くん…」



驚いたけど、気遣ってくれたんだと気付くとなんだか申し訳なくて口から漏れる声は小さくなってしまう。



「後の入金はオレがしっかりやっとくからさ!名前さん早く帰んなよ」



「ほら行った行った」と閉まる自動扉の向こうでしっしと手を払われる。



「龍之介くん…」



私たちの間を遮る自動扉で声は聞こえないけれど「ありがとう」と笑顔を返してその場を後にした。


いつも通り警備員さんに挨拶をして門を出る。
出るとき、もしかして…って思ったけれど、近くに土方さんの姿はなくホッとする。

自分からLINEで『会えませんか?』なんて送ったくせに、近藤さんの話を聞いてしまった今は…。


他の誰かとキスをする土方さんの姿が脳裏を過って頭を抱え込みたい衝動にかられる。



『今どき付き合ってなくたって…』
『今どきっていうより永倉君や原田くんなんて…』
『つい最近!歳三くんが…』



「っ!」



総ちゃんと近藤さんの声がいろんな角度から迫ってくるみたいな感覚に息が苦しくなる。
何も信じたくない。

男の人なんて…


いろんな感情が入り混じって、土方さんと過ごした楽しかった時間や温かい気持ちでさえ重い感情に塗り潰されていくみたい。

私の悪い癖が当たり前のように、自分の意思に反して考えたくないところまで、深く暗い渦を大きくさせていく。


鬱々と考えたくない思いを抱えていると、気がつけばいつの間にか電車から降りて駅の雑踏さえ通り過ぎ、自宅へと向かう住宅地の通りまでの帰り道を辿ってきていた。




「名前ちゃん!」



突然背後から呼び止める声に振り向くと、小走りで手を振りながら近藤さんが駆け寄ってきた。



「近藤さん…、」



足を止めて体の向きを変えると「はぁ〜!走った走った!」と上下する胸を押さえて息を整える近藤さん。



「今帰り?」

「はい。近藤さんは…?今日はたまちゃんと一緒じゃないんですか?」



いつもならベビーカーを押して買い物の帰りだったり何かしらの荷物を持っている近藤さんが、今日は珍しく単身で何も持ってない状態。
たまちゃんと離れ離れでどこに行ってたんだろうと不思議に思っていると「それが大変だったのよ〜!」と右手首のスナップを効かせて話し始める。



「歳三くん、日頃の疲れと熱中症で倒れちゃったみたいで。さっき病院から戻って来たとこだったの!」

「え…、」

「通りかかった人が通報して救急車呼んでくださったらしくて、運ばれた病院から学校に連絡があってね。勇さんも今日は大事な教育委員会の会議があって連絡できないし、とりあえずたまちゃん延長保育にしてもらって大慌てで私が迎えに行ったんだけど…」

「あの!それで今は…!?」



まだ話してる途中の近藤さんを遮って、思わず聞いてしまう。



「えっ?あ、いま?今はしっかり病院で点滴してもらったから、家に戻って安静にするように言って寝かせて来たところよ。まったく、こんな炎天下の真っ昼間から外に出っぱなしなんて、倒れて当たり前よねぇ〜」

「!」

「あっ!ちょちょちょっと!名前ちゃん!?」



驚き慌てた声で呼ぶ近藤さんの声にも応えず私は一心不乱に駆け出した。
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