僕のおねえさん

□83.
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☆★会わなきゃ何も始まらない★☆QLOOKアクセス解析




真夏の白い太陽が真上の空に昇りきった正午過ぎ。
灼熱の太陽から放たれる日差しが容赦なく地面に降り注ぎ、舗装された白い地面からの照り返しと芝生から蒸れ上がる土の香りに滅入りながらも、徐々に賑わいを見せる食堂の横で今はまだ混雑する前のテラス席の机を拭きあげる。

じっとしていても吹き出してくる額の汗に手の甲を当てて、ふと視線を上げると、こちらに向けられる視線とぶつかり思わず息をのんだ。



「っ…、ひ、…土方さん…」



右手に持っていた布巾をぎゅっと胸の前で握りしめる。

そんな私の目の前まで駆け寄ってきた土方さんの額からは滝のように汗が流れていて、この炎天下の中、ここまでずっと走ってきたことが呼吸の荒さからも窺える。
短い呼吸を整えるように上下に動く肩を見つめていると膝に手をついて屈んだ姿勢から、ムクッと背を起こしさっき私がしたのと同じように手の甲で額の汗をぐいっと拭いて、そして私の顔をまっすぐに見つめる瞳が向けられる。



「名前…っ、」



呼吸の合間に呼ばれた私の名前。
土方さんに名前を呼ばれただけでドキリと大きく胸が痛む。
この胸の痛みがどういうものなのか…、


嬉しくて…?


ううん、…違う。
今の私は、目の前に土方さんが来てくれたことに対して、嬉しさよりも…、疑問とか…、
なんだかよくわからないけど、

今の私は、土方さんから逃げ出したいような…、
今は直接会って話すなんて、そんなの無理だって思って、…そんなよくわからない不安のような気持ちが心拍数を上げていた。


不安な気持ちが顔に出てしまったのか、不思議そうな顔をした土方さんが私を見つめる。



「…、名前?」



私の名前を気遣わしげに呼びながら伸ばされた土方さんの右手が私の頬に触れる寸前、思わず息を止めて肩を竦める。



「っ!!」



ぎゅっと目を閉じ、両手で胸の前に握りしめた布巾に目一杯の力を込め身を縮める私の前で、土方さんも驚いたように息を飲んだのが伝わる。



「………、」



そのまま触れることのない手の感触と何も言わない土方さんの様子をゆっくり目を開けてみると、やっぱり驚いたように目を瞬くように固まっていた。



「っ…、ご、ごめんなさいっ!私、戻らなくちゃ!」



何を話せばいいのか全然わからなくて、その場を逃げるように一歩後ずさって振り返る瞬間、パシっと音がするほど強く左の手首が掴まれる。



「っっ!!」

「まっ、待ってくれ!」



土方さんから発せられた声は思いのほか焦ったような感情がこもった声で、掴まれた手の力からもその感情が伝わってくるみたい…。


思わず驚いて振り向くと、見上げるような眼差しで私を見つめる土方さんの視線とぶつかる。



「は、離して…、くだ…さい…」



土方さんの視線から逃れるように顔を背けてしまう。


どうしてこんな…、
逃げたい気持ちのなるの…?


昨日の帰り、
LINEの返事の後、電車の中で、初めて気付いた自分の本当のきもち。
それは確かに『好き』っていう気持ちだった。

会えないと思っただけで切なくて、会えないのなら声を聞きたくて…。

送られてきたメッセージ一つで苦しくなるほど胸が痛んだ…。


土方さんのこと、本当に好きだって
気が付いたばかりなのに。


なのに今の私は、好きな人の前に居たくない。
土方さんの視線から早く消えたいって思ってる。

逃げたくて隠れたくて見られたくない。

顔を背けて離れようと一歩足を進めるのに、それでも土方さんの手は私を離してくれなくて…。



「………、はな、して…」



苦しい気持ちを振り絞ったような小さな声しか出てこない。

胸の前の右手をぎゅっと握りしめて俯く。
私にとっては長く感じられる数秒の間を置いて、ゆっくりと左手に感じていた感覚が和らいで、そっと土方さんの手から解放される。

その左手も右手と同じように胸の前に抱え込み、ワゴンへと戻ろうとする私の背中に低く、だけど優しい響きを持った土方さんの声が私を呼び止める。



「名前…、」



声でさえ愛しいと気付いた私には切なすぎる感覚が胸を締め付ける。

こんなに好きなのに、どうして私は逃げたいって、思うんだろう。

名前を呼ばれても振り向くことのできない私の背中に、土方さんの優しい声は告げる。



「会いにきた」






っ…、


それは昨日私が送ったLINEのメッセージ…




『会えませんか?』




私から初めて送ったわがままに、
忙しくて会えないって言ってたのに、

なのに、こんなに暑い中を走って………、


私の胸は張り裂けそうなほど痛くて、
ぎゅっと握りつぶされたように苦しい。

喉の奥も潰れそうなくらい苦しくて、なんて返事をしたらいいのか言葉が見つからない…。

好きな人が私のわがままなんかを聞いてくれてわざわざ会いに来てくれたのに…、


嬉しいはずなのに辛くて苦しい。

どうして…?嬉しくないの?









付き合ってなくても…するでしょ?




総ちゃんと近藤さんとの会話が蘇って来て頭がクラクラする…。

あの話を知らないままだったらどれだけ良かっただろう…。



土方さんは、付き合ってても付き合ってなくても…、キス、したり、会いに行ったり…

そんな事がボーーッとする頭の中をぐるぐると駆け巡る。



「わ…、たし…、仕事中、なので…っ!」



ぐっと力を込めてそれだけをなんとか声に出すと、思いを振り切るようにその場から走ってワゴンの中に身を潜める。

いきなり駆け込んできてしゃがみこみ、息を整える私に、それまで氷の準備をしていた龍之介君が驚いて声をあげてたけど、今の私は彼に謝ることもできないほどぐちゃぐちゃの感情に歪んだ顔を上げることができなかった。
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