僕のおねえさん

□72.
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「っ…」



突然溢れ出した涙が一粒落ちたかと思うと、次々にポロポロ音を立てるように頬を伝って落ちていく。

濡れた睫毛の向こうに綺麗な翡翠色が揺らめく。
涙のせいで一層輝きを増した澄んだ瞳が俺の目を釘付けにして…。



「な…、に…、泣いてんだよ…」



目の前で女に泣かれることくらい、これまでだって何度かあったはずだ。それなのに、何故こんなに動揺しちまうんだ…。
泣かせるような事言ったか?
今まで生きてきた中で感じたことのない動揺に柄にもなく慌てちまう。

呟いた声でさえ自分でもわかる位に震える…。

伸ばした手をその肩に置いても…、
触れてもいいのか一瞬戸惑う。
俺が泣かせたのか…?
罪悪感という名の重苦しい何かが鳩尾あたりを締め付ける。

一瞬の戸惑いに動きを止めた手を震える肩に置けば、ピクっと小さく肩を跳ね上げ俯いた頭を左右に振る。



「わかりません…」



小さな声でそう答えると「わからないんです」と続けて呟く。



「どうして…なのか…、私、土方さんにだけは変に思われたくないとか、土方さんに余計な心配かけたりとか…、なんか申し訳ないっていうか…、よくわからないんですけど土方さんの事思うと…、私、変なんです…」

「っ!」

「土方さんと一緒に話していると、女の子の友達といるよりも全然楽しくて、男の人なのに、他の男の人とは違って、もっと一緒にいたいって…思って…。だから、軽蔑とかされたんじゃないかって思ったら…、怖かったんです。それで私、怖くて、土方さんから逃げて…、移動のことも、伏せてもらって…」



ちょっと待て…、
俯きいろいろと不器用に話す内容を俺なりの解釈で纏めていいんだったら…、



「つまり…、俺から逃げてたっていうんだな」

「っ…!」



思ったよりも低く掠れた声が出て自分でも意外に思う。柄にもなく動揺していることが表面に出ることなんざ滅多にないってのに…。
俺の一言に弾かれたように顔を上げた表情は驚きに満ちて濡れた瞳を大きく見開く。



「さっきは避けてなんかねぇって言ってたくせに…、」

「…………、」

「…………、お前…、俺に誤解されてなくてよかったって言ってたが…、」



黙り込んでまたうつむいてしまった頭に、そのふわふわとした柔らかな髪質を見つめて語りかける。



「…………、」



『土方さんに誤解されてなくてよかったです!』

あの笑顔の意味は…、



「他の男と違うって…、つまり…」

「そっ!それは…!」



さっきと同じように弾かれたように顔を上げるが、その表情はそれ以上に目を見開き頬は真っ赤に染まり上がっている。

なんとなくその先に続く答えは分かっているが、こいつの口から…、こいつの声で聞きたいと、昂る気持ちを抑え視線で答えを促す。
俺の視線に捕らわれたかのように大きく見開いた瞳は揺らめき怯んだような色を見せ、視線を逸らすことが出来ないままゴクリと細い喉が上下したのが見えた。



「…お前にとって俺は…、」

「っ…!」

「言えねぇのか?」



こいつに言わせたい。そう思うのに高鳴る鼓動が俺の気持ちを逸らせる。
視線で答えを促すだけじゃ足りなくて次々と言葉を足して聞く俺の視線に耐えきれなくなったのか、ついには俺の視線から逃げて俺の胸元のネクタイへと視線を逸らす。

これは加虐心なのかなんなのか…。
見下ろした俯く顔もいいが…、

そっと手を伸ばし柔らかな頬を包み込むようになぞると俺の掌に吸い付くように収まる名前の顔が俺を見上げる。

そして見上げられた瞳の煌めきに俺のさっきからうるさく早鐘を打つようになっていた心臓が一際大きく高鳴ったと同時にさらに息が止まるほど驚く。



「ひ…、土方さんは…、特別、なんです…」



名前の頬に添えた俺の手の甲に暖かく柔らかいものが覆う。



「土方さんは…、私にとって…、すごく…」



名前の手にギュっと力がこもり、俺の手が名前の手によって柔らかな頬をさらに押さえつけるような形になり、そして目を伏せ僅かに首を傾け俺の手に頬擦りするように小さく顔を動かす。



「安心する…、失いたくない…、他の人とは違う存在…です」

「っ…!」



分かっていて言わせたセリフだってのに…。
想像以上に自分の心臓が握りしめられたかのような息苦しさに眩暈を覚える。
こんなにも高鳴る心臓を鷲掴みにされた事があっただろうか。
ヤバイな…、

そう思った時には俺の体は何も考えずに名前を抱き寄せ名前の頭を自分の心臓の高鳴りを抑えるようにきつく押さえ込むように抱きしめていた。



「ぅっ、んんっ!?」

「俺も…、」



何か悶えるような声が聞こえたような気がしたが今はそれどころじゃない。
普段はよく冷静沈着だとか冷酷だとかなんだとか色々言われるが、今の俺はそんな作られた表面上の評価なんて関係ねぇ。ただ、今あるのは俺を狂わせる程心臓をオーバーヒートさせるこいつへの…、名前への想い。




「俺も、お前は俺にとって他の誰よりも特別な女だ…。失くしたくない…」



初めて会った時から今日までのこいつの笑顔がワンシーン毎に鮮明に俺の頭の中を駆け巡る。
なくしたくない。これだけじゃ足りない。

もっとこいつの笑顔を…、
笑顔だけじゃない、全てを…。



「だから…、もう、黙っていなくなるんじゃねぇ」

「っ!」



顔を上げようとする頭を抑え込み胸に閉じ込める。
こんなに必死になる自分自身が異常で、わけのわからない昂揚感に顔面崩壊しているだろう自分の顔を隠すように名前の滑らかな髪に埋め、余りある気持ちを抱きしめる腕に力を込めた。
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