僕のおねえさん
□72.
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☆★解けたのは誤解だけじゃなくて★☆
「あの…、今日はわざわざありがとうございました…」
「ん…、いや…。」
「チョコレート、すごく嬉しかったです」
「そ、そうか…」
初めて土方さんと会った時に送ってもらった時と同じように家の近くの十字路で立ち止まってお礼を言うと、それまでは普通に会話していたのにどこか落ち着かない様子の土方さんは短い返事しかしてくれない。
「?」
どうしたのかな?何か言いづらいことでもあるのかな?もしかして…、トイレ?
「あ、あの…、もしよかったら、うち来ませんか?」
「っ!?ぁ、ぁあっ!?」
土方さん、私が学校から出てくるのずっと待っててくれたみたいだし、もしかしたらと思って聞いてみたら、弾かれたように目を丸くして声までひっくり返るくらい驚かれて逆にこっちまでびっくりして肩が跳ね上がる。
「ぉ…、お前、何言って…」
「え…、…だ、だって、その…、土方さん、もしかしてお手洗い行きたいんじゃないかと思って…」
「っ、はぁあ!?」
「ちっ、違うんですか?」
「違ぇよっ!」
大きな声ではぁあ?って言われて雷がビッシャアンって落っこちた時みたいな勢いで否定される。怒られる時の例えをよく『カミナリ落とされるよ!』って言うけどまさにコレだと思った。
思わず肩を竦めてひぃいって両目を閉じるとため息と共に「ったく…」と呆れた呟きが聞こえ、突然前髪をぐしゃぐしゃーっとかき混ぜられる。
「っ!?」
驚いてさらに頭を下げて竦めると最後にぽんっと軽く叩かれる。
「やっぱ色気ねぇよな、お前は」
「っ!?……な…、」
いきなりなんでそんな色気の話になったのか全然わかんないんですけど!
あまりの失礼発言に声も出ないほど口を開けて驚いていると、土方さんはふっと笑って私のくしゃくしゃになった前髪を押さえるように最後にもう一回ぽんっと叩いて突き放すように押すから私は一歩後ろによろめいてしまう。
「ま、お前はそれくらいの方がいいか」
「……は、ぃ?」
「変に意識しても落ち着かねぇしな。」
「?」
土方さんの言ってる意味が全然分からないんだけど…。
でも言ってる本人は自分で言った独り言に深くうなずくようになんだか満足そうに笑顔を浮かべているみたい…。
私の理解の追いつかない表情を見下ろしふっと目を細める。
「なんでもねぇよ」
「……は、はぁ…」
笑って何でもないと言われたら、
そう返事するしか他にないよね…。
おトイレでもないんだったらなんであんなにモジモジしてたのか…。
言いたいことがあるなら言えって自分で言ってたくせに。
なんかいろいろ腑に落ちないけれど、とりあえずもう一度お礼を言ってお別れしよう。
「あ、あの…、今日は本当にわざわざ来てくださってありがとうございました。原田さんの事、誤解されたと思ってたので…、そうじゃないってわかって、土方さんに誤解されてなくてよかったです!」
本当に良かった。
そう思って顔を上げて言うと、土方さんはさっきまで笑みを浮かべて細めていた目を丸く見開いて息を詰まら せたみたいに喉をごくりと動かした。
「…、お前…、」
「…?」
突然神妙に低められた声色に、何を言われるのか少しドキドキと心拍数が上がる。
「もしも…、あの時の誤解がすぐにでも違うってわかってたら…、島原女子には移動しなかったのか…?」
「………、」
それは…、
「俺や原田に会いたくなくて、あそこにいるのが嫌で、黙って去ったのか?」
「…っ!」
確かに…、土方さんにどう思われてるのかわからなくて、顔を合わせるのが怖いって思ってた。
だけど島原女子への移動はそれだけが理由じゃない。
井上君の事も大きいけど…、私個人の理由で移動したわけじゃない。
偶々、梅さんが島原女子にもカフェをオープンさせたいと思っていた時期と、私の事情を心配してくれた会社の皆さんの気遣いがあってのことで…、
薄桜学園が嫌いになったわけじゃない。
だけど、お世話になったのに移動先も告げずにいなくなったのは事実だし、私の移動先を誰にも言わないでって島田さんや近藤さんにお願いしたのも事実。
「いなくなった理由も、どこに行ったのかも…、島田も近藤さんも、誰に聞いても言わねぇし…、俺たちに会わせる顔がねぇなんて言われたら、俺たちが原因だと思っちまうだろうが…」
足元に落とされた土方さんの視線と段々小さくなっていく声に、私の思い込みのせいで土方さんにまでさせなくてもいい思いを抱かせてしまっていたのかと気付く。
「す…、すみませんでした!」
「…?」
「その…、私、土方さんに余計なご心配をおかけしてしまって…。……、黙って移動することも…、誰にも言わないでって…、私…、」
自分で何を言ってるのかわからなくなってくる。
どうして移動先を誰にも言わないでほしいと思ったのか…。
言ったところで何が変わるわけでもないのに。
隠されれば誰だって余計気になるに決まってるのに…。
私は…、どうして知られたくなかったんだろう…。
土方さんに…、会いたくなかった…?
土方さんから隠れるようにワゴンの中からそっと覗いてた私…。
どうして土方さんに誤解されてたら嫌だと思ったんだろう…。
さっきも聞かれたけれど…、
もし、あの場で見られたのが土方さんじゃなかったら?
それに…、私、土方さんに誤解されてないって言われた時…、すごくホッとした…。
どうして…?
私…、きっと土方さんのこと、他の人よりも特別に思ってる…。
私…、
気がつけばいつもそうだった…。
初めて会ったあの夜から、
土方さんは私にとって他の男の人とは違う存在になってたんだ。
土方さんの家に行った時だって、本当だったらきっと男の人の部屋になんて上がるなんてできないはずなのに、それでもなんだか居心地が良かった。
保健室に連れてってもらった時だって…。あの時すごく怖い思いしたのに、私、土方さんには傷のこと、昔のこと話してた…。
土方さんがいてくれるだけですごく安心して、すごくよく眠れたんだ…。
私…、
土方さんにだけは変な誤解されたくなかった…。
土方さんに軽蔑されたくなかった。
気がつけば何故か私の視界はぼやけてて、
溢れた涙がひとしずく頬を伝ってはじめて自分が泣いていることに気が付いた。
だけどどうして涙が出たのかわからない。
悲しいわけでも嬉しいわけでもなんでもないのに…。
どうして涙が溢れてくるの…?