僕のおねえさん

□71.
1ページ/2ページ

☆★ご褒美はチョコレートで★☆QLOOKアクセス解析







勤務先が島原女子に変わってからお店のことは全て私が責任を持って運営することになった。
薄桜学園でやってた時は開店準備も閉店作業も島田さんと協力してそれぞれ分担しながらの作業だったから準備にかかる時間も半分ですんだけど、今ではテラスのセッティングも掃除もどんな力仕事でも自分一人でやらないといけないから時間もかかるし体力も疲労もずっと増えたみたいな気がする。
それに、やっぱり一人だと…、
お客さんや生徒さんとおしゃべりすることはあるけれど、やっぱり一緒に働いてる人とのおしゃべりは特別っていうか…。

島田さんと一緒だった頃がどうしても私にとってはかけがえのない時間で、島田さんがとても頼りになる人だったからこそ、今の一人の状況が心許ない。
しっかりしなきゃなぁ〜…。

ため息をついて最後のテーブルを片付け一箇所へ寄せたテーブルとイスにシートを被せる。

さてと。後はワゴンの中を片付けて、お金の入金でおしまいね。
薄桜学園とは違い、学生達が下校した後に店じまい。
開店時間が遅い分、一日の勤務時間は変わらないけど、前みたいにお店と事務所の移動がないから一日が長く感じる。
今はいいけど、季節が変わって冬になったらきっと真っ暗な中、一人で閉店作業しなきゃならないんだろうな…。

早く慣れなきゃ。

ふぅっと本日何度目かわからないため息をついて入金を済ませ、目に痛いほど眩しいATM店舗の明かりを背に自動ドアをくぐる。
新しくなった島原女子のキャンパスには私が在籍していた頃とは違って入り口に警備員さんが常駐していてセキュリティ対策バッチリ。
今日の夜勤さんに挨拶をして私のお仕事はこれでおしまい。

正門を出てすぐ、信号が変わるのを待つために立ち止まるとなんか人の気配を感じて振り向こうかと思った瞬間、「おい」と背後から声がかかり私の肩は大袈裟に跳ね上がった。

だって…、

いきなり背後から声をかけられたら誰だって驚くと思うし、
それに…、その声は…。

ずっと大切にしておきたくて大切に大切にしまい込んだ宝物をどこにしまったのか忘れちゃって…。
ある時突然それを見つけた時の…、
そんな喜びに似た驚きで私の心臓は大きく脈打つようにドキドキと高鳴ってしまった。

そんな驚きでいっぱいいっぱいの気持ちで振り返る私とは裏腹に、私の知っている通り、いつも通り変わらない落ち着いた空気を纏った彼が正門の塀に背を預け腕を組んで立っていた。



「………、ひ、土方さん…」

「…………。」



呟くと私の目をジッと見つめたままゆっくりと塀から背を起こして歩み寄ってくる。



「…………、」



その瞳の色は、いつだって私に安心を与えてくれる色なのに、ジッと見つめられてどんどん近付いて…、
なんだか、逃げ出したくて落ち着かない。
バッと前に向き直って逃げ出そうと一歩足を踏み出すとガシッと力強く腕を掴まれ引っ張られる。



「っきゃ…!」

「っ…、馬鹿…、まだ信号変わってねぇだろうが…」



腕を掴まれた反対側から土方さんの腕が私のアゴの下を通って肩を抱き込む。
背中に土方さんの鼓動を感じる。



「っ…!!すっ!すみませんっ!」



つい力を込めて肩が強張り大きな声でなぜか謝罪の言葉を口走ると「お前…」とため息交じりに体を解放される。



「なんで俺を避けるんだよ」



見上げれば鋭く細められた眼差しなのに何処か寂し気に翳る瞳が揺れている。



「っ…、避けて…」

「ない訳ねぇだろう」

「っ…!」



揺れる瞳で真っ直ぐに見つめてくる土方さんの視線に耐えられなくて、車が絶えず走り抜ける道路へと顔を背けるとグイッと両頬を大きな手で挟まれ真っ直ぐに顔を覗き込まれる。



「島田が言っていたが…、俺や原田に合わせる顔がねぇってどういう事だ?職場が変わったのも関係があるのか?」



土方さんの声で、そんな風に問いただされるとどうしていいかわからなくなる。というか、どうしてそんな事を聞くのかわからない。わざわざ駅を通り越して、ここまで…、どうしてここにいるんですか…?

聞きたいけれど、声にならない…。



「……俺が…、何したってんだよ…」

「っ…!?」



両頬を挟み込んでいた手が肩に移動して呟く声は少し震えているようで、気付けば土方さんの眉はなんだか哀しげに顰められているように見える。



「な…、なんで…、なんで土方さんが、そんな事…」



わからないことだらけで私まで声が震えてしまう。
信号は既に変わっているのに私たち二人だけその場に留まったまま。



「なんでって…、俺が聞いてんだろう…。なんで俺から逃げるんだよ」

「…に…、逃げてなんか…」

「じゃあなんで俺の目を見ねぇんだ。やましい事でもあるのか」

「っ…、やましい事…、なんて、私はただ…、」

「………、」



弾かれたように見上げれば真っ直ぐに私の目を見つめる土方さんの視線とかち合って言葉が詰まってしまう。
それでも土方さんはジッと私を見つめて言葉の先を待っている。



「私は…ただ……、………土方さんにどう思われたのか…、怖くて…」



あの日の驚いた土方さんの表情が蘇る。
原田さんとの事…、



「どう思われたって?」



知るのが怖くて視線を逸らして逃げる私を土方さんは絶対に逃がしてくれない。
追求するように聞かれて、どう答えていいのか…。



「…………、」

「………、俺が何かしたなら謝る。」



うまく答えられない私の前にため息が落とされ、言われた言葉にハッと顔を上げるとやっぱり真っ直ぐに見つめる視線とぶつかる。



「俺と顔を合わせる事が出来ない程…、何かしちまったってんなら…」

「ちっ…、違いますっ!違うんですっ!」

「………」

「違うんです。私、なんていうか、その!原田さんと一緒にいた時の事…、誤解されたんじゃないかって…、それで…」



両手で持ったカバンの取っ手をぎゅっと握りしめている。
私、ものすごく緊張してる…。



「俺が…、」

「………?」

「俺が誤解してたとしたら…、それで顔合わせられないって、なんでそう思うんだ?」

「……っ、そ…、それは…、」



なんでって……、
どうしてそんな事聞くの?

土方さんの表情は無表情のように見えるけど、
声だって、感情が伝わりにくい冷静で落ち着いたトーンなのに…。
どうして私はこんなに切ないんだろう…。




「なんで…、かは…、………、」

「…………、」
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ