僕のおねえさん
□68.
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☆★土方さんの片想い★☆
「お引き取りくださいっ!」
俺たちが駆けつけると、ワゴンの外にいる島田が何やら店のカウンターの前に立つ客に願い出ているところだった。
「なんだ?島田のおっさんがあんな風に客に怒鳴るなんて…、なんかあったのか…?」
立ち止まり様子を見ながら原田が呟く。
島田のでかい背中でうまいこと隠れて見えねぇが、どうやら相手は男の客一人。
名前の姿が見えねぇが…。
取り敢えず学校の敷地内で問題を起こされるわけにいかねぇ。
他にもテラス席に客はいたが構うことなく島田の元へと駆けつけた。
「どうかしたか」
声をかけた瞬間相手の顔を見て目を瞠る。
「っ!…井上っ」
「なんだ?土方さんの知り合いか?」
「………。」
原田と総司から視線を向けられる。
「お?よぉ、土方!」
「土方先生っ!」
振り返る島田と相変わらずの井上も俺を見る。
「井上…、お前こんなところで何してやがる」
「んぁあ?なにってー…、敵情視察?からの沖田さんに会いに!」
ふふ〜んと何故か意味もなく自慢げに言う井上の言葉に総司の視線が一段と鋭く光る。
「ねぇ沖田さ〜ん、頼むから出てきてよー」
カウンターの奥を見上げて中にいる名前を軽いノリで呼ぶが名前からの返事はない。
直感的に中の名前の様子が脳裏に浮かぶ。
「チッ!」
思わず出た舌打ちと同時に「困ります!」と井上をワゴンから離そうと動く島田の前に割り込む。
「井上てめぇいい加減にしろっ!これ以上好き勝手騒ぐようなら営業妨害で通報するぞ!」
「な!?マジかよー、相変わらずジョーダンきついなぁお前」
「チッ!冗談で済むわけねぇだろうっ!ふざけたことばかり抜かしてやがると学校も立ち入り禁止にするからな!」
「きびしー」
こいつは…。
何言っても響かねぇふざけた野郎だ…。
「んーじゃー今日は帰るわ。沖田さーん、また来るからー」
カウンターに体重を預けるようにしてもう一度ワゴンの中に声をかけてからそのまま俺たちに背を向けて歩き出す。
「ねぇ」
それまで黙っていた総司が横切り井上の肩を掴み勢いよく振り向かせる。
「っ…っと、っっ!!?」
井上が振り向いたと同時に総司の右手が拳を象り高く振りかざされた。
「っ!総司っ!」
「っ……、何するんですか、離してくださいよ、土方さん…」
振りかざした拳が容赦ない勢いで井上の顔面目掛けて繰り出され、既のところでその腕を掴み止める。
「馬鹿野郎…、こんなとこで暴行騒ぎ起こしてみろ…、ここで営業できなくなるだろうが…」
「っ…」
「それにいきなり手ェ出す奴があるか。」
諭すように声を抑えて言えば悔しげな顔で俺の手を振り払い、掴んでいた井上の肩をドンと突き放す。
「っつーかなんだよお前いきなりっ!土方!お前の生徒かよっ!?」
総司のヤツ…。
余程強く掴んでいたのか、総司に掴まれていた肩を抑えて喚き出す。
「…こいつは名前の弟だ」
「弟っ!?でけェ!じゃなくて…、なんで沖田さんの弟がいきなり掴みかかってくんだよ!?お前に掴みかかられる覚えはねぇぞっ!」
ギャンギャンと喚き散らす井上にみるみる総司の纏う空気がドス黒くなっていく。
「……うるさいなぁ。僕に掴みかかられる覚えはなくても名前ちゃんに言った事くらいは覚えてるよね…?」
「…………は?」
「忘れたなんて言わせないよ?あんたの言った一言で名前ちゃんがどれだけ傷ついたか…」
「っ、総司!」
総司のヤツ…、知ってるのか?名前のコンプレックスの原因…。
「忘れちゃったの?そう…。だったら今から思いださせてあげようかっ!」
じわじわとドス黒いオーラを発しながらゆっくりと間合いを詰めて井上を見下ろす。
そんな総司に間近で見下ろされ、ガクガクと震え上がり怯える井上に容赦無く拳が振り上げられる。
「やっ!やめて総ちゃん!!」
「っ!?」
「っ、名前ちゃん…」
ワゴンの中で縮こまっているとばかり思っていた名前がいつの間にか出てきて総司の右腕にしがみつく。
「だめっ!総ちゃんがそんなことする必要ない。だから、ね?」
名前の声に諭されるように拳を降ろす総司の前で、すっかり腰を抜かした井上は情けない声をあげて負け犬のように逃げて行ってしまった。
「名前ちゃん…、っ!?」
「名前っ!」
すっかり井上の姿が見えなくなると、総司の腕を伝うようにその場にへたり込む名前にその場にいた全員が駆け寄る。
「名前ちゃん!大丈夫っ!?」
総司がしゃがみこんで正面から名前の顔を覗き込むと、疲れきった笑顔を見せて「大丈夫、立ちくらみ」と笑う。
青褪めてはいるが以前保健室に運び込んだ時ほどではない顔色に作り笑いを浮かべる様子に全員が心配ながらもホッと一息つく。
「大丈夫?大変だったわねぇ…。」
へたり込んだ名前の背中に手を置いて総司と同じように名前の顔を覗き込んだのは、一連の様子を心配げにテラス席から見ていた客の一人。
「あの様子じゃ暫くは来ないかもしれないけれど…、またいつ来るかわからないわね…」
名前の背中をさすりながら井上の走り去った後を見つめる女性客。
「名前ちゃん…、」
地面にへたり込み、なかなか立てそうもない状態の名前に総司が心配そうに声をかける。
また前と同じように貧血症状が出たのか?
ゆっくり横になって休ませた方がいいか…?
そう思って声をかけようとしたと同時に原田もしゃがみ込み名前に目線を合わせる。
「大丈夫か?立てねぇなら保健室で休むか?」
「っ!!」
問いかけた原田の顔へ視線を向けた名前は一瞬にして目を見開き、そしてそのままの顔で俺を見上げると、息を引きつらせ大袈裟なほどの動きで女性客にしがみつくようにその肩に顔を埋める。
「ど、どうしたの!?大丈夫?」
「名前ちゃん!?」
「名前…」
「〜〜〜〜〜っ」
声にならないか細い声を発しながら女性客にしがみつき首を振るばかりの名前に呆然とする俺たちに島田が申し訳なさそうな声で「すみませんが…」と話しかけてきた。