僕のおねえさん

□54.
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「お前…、その傷…」



真っ直ぐに向けられた視線から俺の目線が胸元にあるのにハッと気付いて慌ててまたうつ伏せに身を屈めるが、慌て過ぎたからか、掛け布団を被るのを忘れている。



「み…、み…、……、」



うつ伏せに丸まって、片目だけで見上げてくる様子に、
いや…、あまりの慌てッぷりに笑っちゃいけねぇのは分かっているんだが…、

さっきと同じように『み』を連発するこいつが可笑しくて笑ってしまう。



「……っ、くくっ…、」

「っ!?」

「『み』」

「?…み………、?」

「みた」

「っっっ!!」



でかい目をいっそう大きく見開いて真っ赤な顔で息を引きつらせる背中に掛け布団をバサっと掛けてやる。



「好きじゃねぇんだったら気にするこたねぇよ」



掛けた布団の上から一発背中を叩いてもう一度椅子に座り直す。



「井上がお前に何言ったかは知らねぇが、そんなやつに言われた事をいつまでも気にしてたらその分お前の時間がもったいねぇだろ。お前はお前だ。どうでもいい奴に言われた事なんて気にするな。忘れろ。」



腕を組んでフンっと鼻息と共に言うと、少しの間を置いてモゾっと顔半分を覗き出す。



「…………、土方さんは…」

「ん?」



ぽそっと呟き見上げられ、その顔半分に腕を組んだまま視線を向ける。



「……土方さんは、何も思わないんですか?」

「何も?」

「こんな傷…、引いたり…」

「引かねぇ。」

「っ…」

「傷なんて生きてりゃなんだかんだ付くだろう。無傷でまっさらなままで生きてるやつなんて見たことねぇ。そんな何の苦労も知らねぇで綺麗な顔してすましてるようなヤツよりむしろ傷付いて生きてきたやつの方が俺は好きだ。」

「……え………?」



椅子から腰を下ろしてベッド脇にしゃがみ、視線の高さを合わせる。
近くなった距離でお互い真っ直ぐに見つめ合う。



「傷付く事で人は痛みを知る。怪我した痛みもそうだが、心の痛みもだ。痛みを知ってるヤツは知らない人間より強くなれるし優しくなれる。」

「………、」

「傷付いた分、泣いたり悩んだりしたお前は充分強い。だからもう気にすんな」



布団から出ている頭を少し乱暴に撫で回すとくしゃくしゃになった髪を「あっ!やだっ!」と言いながら丸まった姿勢のまま両手を布団から出して整える。
そんなふうに慌てて怒り出す様子も見ていて笑える。



「ふっ、お前は…。普通、傷よりもその格好見られた事の方が気になるだろうが…」

「…、え?」

「キャミソール、着てるつったって、ほぼ下着姿だろうが…。」

「っ!はっ!!!」

「はっ!ってなぁ…、」

「ぅぅう〜…」

「それにお前、男が怖いとか言って…、この状況でこんな目の前に俺がいるってのに普通に会話しやがって…」

「っっっ!」

「まずそこ気にしてくれよな」

「〜〜〜〜…、だって〜…、」



ベッドのふちに両腕を乗せてそこにアゴを乗せニヤリと見ていると、真っ赤な顔で髪を整え終えた手をキュッと握って口元に当てながらボソッと呟く。



「土方さんは…、なんか別…というか…」



視線を逸らされ、小さな口を尖らせて呟くその表情が何故だか堪らなく……、


………?
堪らなく何だ…?



「別って…、俺は除外品じゃねぇぞ」



何故だかよく分からないがこみ上がる感情をそんな言葉で誤魔化して視線を逸らしたままの額を人差し指で弾いてやると「痛ったぃっ!」と目を閉じ涙を滲ませる。



「ふっ、ほら、いつまでも丸まってねぇで。湿布も貼ったことだしさっさとシャツ着ろよ。なんなら俺が前閉めてやろうか?」

「っっっ!ぃぃい!いいえ!結構ですっ!自分でやれますから!!」

「あぁ?んだよ、遠慮してんのか?」



こんな風にこいつとのやり取りが楽しいとか思う俺はどうもSっ気があるらしい。
本当ならゆっくり寝かしてやらなきゃいけねぇのに、ついついからかって遊んでしまうのは、
さっきまでの顔色の悪さが引き、不安な表情もなく俺に少なからず心を許してくれている事が分かるからで…、
そんなこいつの相手をしている俺自身、思いのほか心を許していることに気付く。それこそ長年付き合ってきた近藤さん以上に…。

全くの赤の他人…、それも女と一緒の空間にいて、これほど心穏やかにいられることがこれまであっただろうか…。

それ以前に、こんな窓から差し込む陽だまりが心地よいと感じることさえ今までなかった気がする…。
そんな些細な事…、見過ごしてきたような小さな事さえこいつがいるだけで俺の心に何かが灯るような暖かさを感じてしまう…。


まったく…。
訳わかんねぇな…。

不思議なやつだ…。
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