僕のおねえさん
□53.
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ふと足元に視線を落とすとゴミ箱の中に丸めて捨てられた湿布薬が目に入った。
そうか…、こいつを貼るために袖を…。
井上に無理矢理何かされたんじゃねぇかと焦ったが…。
ホッと息をついて背中をさすっていた手を俯く頭の上に乗せる。
「腕、」
「…え………?」
泣きはらして潤んだ瞳が俺を見上げる。
「腕、貼ってやるから」
「え………、」
机の上に置いてあった湿布薬を一枚取り出し、フィルムを剥がして言うと見開いた瞳を瞬かせ、数秒視線を彷徨わせた後におずおずと布団の中から左手を出し俺の前に差し出した。
「こっちは自分で貼ったのか?」
既に貼られていた肘から下の湿布薬を見て言うとこくっと顎を下げて小さく頷く。
「そうか…。上は?どの辺に貼る?」
白く華奢な二の腕に、湿布薬を貼ってやると「ありがとうございます」と小さな声で呟く。
「よし、そんじゃ、さっさと袖通して前閉めろよ。」
剥がした透明フィルムをゴミ箱に捨て、机の上に残った湿布薬の密封チャックを閉めていると盛大に掛け布団を手繰り寄せる音がする。
「みっ…!」
「?」
「みっ、みっ、」
「?…み?」
「み、みみ…、みま…、した…?」
「…?何を?」
「っ!!………、そ、その…、」
「………?」
「………………………っ、」
「?」
「………、き…、傷を…」
「傷…?あ、あぁ…、あん時の…?」
そういやもう良くなったのかと思い出し聞こうと視線を向けるとガバッと勢いよく布団を頭から被り俺の目の前から姿を消す。
代わりに目の前には白くこんもりとした山が現れる。
「ぉ…、おい、いきなりどうした!?」
ベッドのふちに手をついて白い山に手をかけると布団の中からくぐもった声で何かを言っているようだ。
「あ?なんだ?」
「……ず…」
「あ?」
「……………、」
「……おい、一体どうした…?」
布団の上に乗せた手に少しだけ圧力をかけるよう重心を移して椅子から腰を浮かせると、ゴソと布団が動き僅かに顔を覗かせる。
「なんとも…、思わないんですか……?」
「…あ?」
布団の中はうつ伏せ状態なのだろう。枕と頭から被った布団の隙間から覗くのは潤んだ大きな翡翠の煌めき。
依然くぐもった小さな声を聞き取るのにも一苦労だ。
「……思うって…、何を?」
ベッド脇にしゃがみ、その隙間から見上げる瞳を覗き込むと、見上げていた瞳をギュッと閉じ、そしてもう一度開き視線を彷徨わせた後、俺の目をまっすぐに捉える。
「傷…、こんな傷がある体…、引いたかな……、って…、」
「は…、はぁ?」
あまりにもまっすぐに真剣な眼差しを向けるから、何を言うのか正直身構えていたが……、
俺の声があまりにも間が抜けたものだったからだろうか。
真剣な眼差しは一瞬にして大きく見開かれ、勢い良く顔を枕に埋める。
「あっ…!お、おぃ!」
なんなんだ一体……。天照大神の岩戸隠れかよ…。
「傷…、気にしてんのか?」
「……………」
布団の中で身動きもせずに、息を殺したように黙ってしまわれお手上げ状態だ。まさに天照大神だな…。
どうしたもんかと椅子に座り直して一息ついて肩を落とすと、おそらく枕に顔を埋めたままの状態で小さな声で何かを話し始めた。