僕のおねえさん

□51.
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島田との分担作業によりスムーズに事が運び出した頃、ワゴンの外から俺の名を呼ぶ穏やかな声が聞こえた。



「土方くん」



名前を呼ばれて、最初に島田が俺にした時と同じように振り向いてカウンターの外へと視線を向けると、そこには顔の横で掌をひらひらと揺らしながら微笑む山南さんが立っていた。



「なんだ、山南さん。どうかしたのか?」



保健室から脱走しないように任せてきたのに、その見張り役が出回ってどうすんだよ…。

そう思いながらカウンター越しに聞くと、やれやれといった表情を浮かべて肩を落とす。



「あなたが連れてきた娘さん、どうも私には気を許してくださらないようで、私がいると逆に休めないかと思ったので…。ここは私が引き受けますから、あなたが代わりにつていてください。」

「…っ、はぁ???」

「どうもあなたが出て行ってから、あの方の様子がね…、なんだか怯えられてしまったようで…」

「はぁあ?」

「あなたも本当はお分かりでしょう?あの方が今一番、誰にそばに居て欲しいのか、という事を」

「っ!?なっ!何言ってやがる」

「あの方の縋るような瞳…、ご覧になったでしょう?」



カウンターから穏やかな顔で見上げて言うが、何をさらっと言ってやがるんだこの人は。
言われた事と、さっきの間近で見たあいつの翡翠の瞳が脳内を占拠し始めて、せっかく振り払った何かが心臓の鼓動を強くさせる。



「土方先生…、ここはもういいですから…、私からもお願いします。」



横からかけられる声に振り向くと島田が扉を開けてくれた時と同じように眉を下げ、申し訳なさそうにしながらも早くあいつの元へ行って欲しいというように視線で訴えられる。



「名前さんは…、私からこんな事を言っていいものかわからないのですが…、彼女は極度の人見知りでして、…その、初対面の男性に対しては特にそれが酷いようで…。」

「……はぁ?」

「本当は私が傍についていてあげたいのですが、ここを離れるわけにもいきませんし…」

「いや…、だからってなんだって俺が…。」

「土方君」



せっかくおかしな感覚を振り払ってきたってのに…。何を言い出すんだと焦りを浮かべた俺にゆっくりとした口調だがピシリと物言わせぬ口調で言い放つ山南さんが俺を見上げる。



「今あの方はとても心細い思いをしています。見たところただの貧血ではないと思っていたのですが…、今のそちらの方のお話を聞いて思い当たる節が…」

「…思い当たる…、節?」

「えぇ。人見知り、それも男性に対しては特に。今置かれている状況から、彼女には相当のストレスがかかっていると思われます。貧血症状が出た時、どのような事が彼女の身に起こったのか、その時のことを私は見ていないのでハッキリとは言えませんが、恐らく男性に対しての恐怖心が限界を超えてしまったのではないかと…」

「…………、」



確かに言われてみれば、風間に何かを言われて怯えていたようだし、保健室へ連れて行く時に井上に話しかけられた時の反応もそうだった…。



「パニック障害…、とまでは言い切れませんが…、きっと不安な気持ちで震えていることでしょう…。同じような症状が繰り返されると次の発作に怯えるようになり、不安が募り最悪うつ病へと発展してしまうかもしれません。」

「っ!?そんなっ!」



俯き話す山南さんの話の内容に島田が声を上げる。



「少なくとも土方君、あなたが保健室へ彼女を連れてきた時の様子は男性に対する拒絶感のようなものは見受けられませんでした。」

「……………、」

「あなたが保健室を出て行く際の彼女の様子から、あなたには特別気を許しているように思います。今彼女のそばについて安心させてあげられる存在はあなたしかいないのですよ!」

「…っ……、」

「土方先生!私からもお願いします!店が落ち着き次第私も後から行きますから!それまでの間だけでも!」



二人から力強く言い寄られてこれ以上ここにいられるわけもねぇ。



「土方君、こちらのお手伝いは私が引き受けますから…」



もう一度同じことを言われてさっさと行けと目で訴えられる。



「………、分かった…。後は頼んだ」

「土方先生…!」



島田のでかい背中を軽く叩いて後部扉へと移動すると、島田の感情のこもった声で見送られ車外に出ると、俺と入れ替わりで車に乗り込む山南さんにすれ違いざまに何かを手渡される。



「?」

「あなたの落とし物…、ですよね?」

「っ!」



「では」と言って扉を閉めた山南さんの顔はとびきりの笑顔で、その笑顔に含まれるあの人の読みの深さというかなんというか…。


一体俺の何が分かるってんだっ!



意味深な笑顔にどうにも熱くなる顔を自分自身納得できずに踵を返して再び保健室へと急いだ。





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