僕のおねえさん
□49.
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☆★症状悪化★☆
「大丈夫か?」
頼りなく覚束ない足取りについ声をかけると、隣を歩く女は血の気のない顔を上げて情けなく微笑む。
「すいません…、いつもご迷惑おかけしてしまって…。でも、ほんとに大丈夫なんです。少し座ってればなんとかなりますから…」
「はぁ…、ったく、そんな顔でまともに歩く事も出来ねぇヤツが何言ってやがる。ほら、」
「えっ!?えぇえ?いっ、いいですいいです大丈夫です!」
女の前に出てしゃがんでやるとものすごい勢いで両手の掌を振る。その時肩越しに見えた一瞬の表情の歪みに気づかない俺ではない。
「……おんぶがイヤだっつうならお姫様抱っこか?ワガママなヤツだな。」
ため息をつき、立ち上がって正面から両手を差し出す俺は傍から見たら変質者で通報間違いねぇ。
迫る俺の両手を見て真っ赤になった顔で更に両手の動きを早める。
「ぉぉお、おんぶも抱っこもいりません!」
手の動きと同じように頭もブンブンと横に振るもんだから、初めて会ったあの夜と同じようにくらァっと真後ろに倒れて行く。
「おっ、おい!」
仰け反って倒れて行く体を細い手首を咄嗟につかんで抱き寄せる。
「ったく、お前は……」
「っ…!」
抱き寄せた瞬間、再度歪められた表情に呆れてため息が出る。
「お前…、昨日も一人で根詰めてたんじゃねぇだろうな?」
「え…?」
「腕。動かす度に痛むんだろ?」
「あ……、」
「ったく…。あと二三種類くらい作れとは言ったが…。引換券なんざ何も急いで大量に作るこたねぇだろう。なんでも一人でやろうとすんな。お前が無理すると周りが心配するだろうが。んで、心配かけて猛烈に反省して落ち込むのはお前だろう。悪循環なんだよ」
抱き寄せた体から一歩離れて背中に手を当てて歩くよう促しながらボヤくように言って足を一歩前に出してはみたが、隣の女はその場に立ち竦んで動きを止める。
「………。」
「……お、おい…」
俯いてしまった顔を覗き込もうともう片方の手をその肩に置いた時、廊下の先から声がかかる。
「え、うそ。もしかして…、沖田さん?」
その声に俺も女も同時に反応して顔を上げ振り返る。
「…っ!」
「……井上…」
振り返った先に見えたのは、購買部に配達に来ていたのか、空になったプラスチックケースを運ぶ男の姿があった。
井上林太郎。
源さんの甥にあたる男で俺の高校時代の同級生でもあるそいつは今はこうして源さんの元へ生徒たちの昼飯になるパンの配達をしている。
その男が今、目の前にいる女、総司の姉の名を呼び傍まで駆け寄ってきている。
「ぉぉお!マジで沖田さんだ!何年ぶり!?俺のこと覚えてる?」
同級生の俺が横にいるってのに挨拶もなしにこいつは目の前の女しか見えていないらしい。
「…井上……、」
「おっ!?おぉ〜!土方〜、相変わらず眉間にしわ寄せて 。元気そうだな!」
「………。」
高校一年の時に同じクラスだったこいつとはノリが違ってあまり親しくはなかったがそれは今も変わらずで、軽いノリは健在らしい。
「そんなことより沖田さん!こんなとこで会うなんて。何してんの?」
俺との間に割って入るように顔を近づけ首を傾げる。その視線から避けるように目を逸らす総司の姉の顔色は、さっきよりも青ざめている。
そんな様子に気付いているのかいないのか…。井上は思い出話を話し出す。
「めっちゃ久しぶりじゃ〜ん!いつぶりだっけ〜?高1の夏?一緒にプール行った時以来じゃね?」
その瞬間女の肩が固く強張ったのを感じる。
「井上…、悪いが今はこいつを保健室へ連れて行くところだ。」
「保健室?なに?具合悪い?てか生徒でもないのになんで?」
強張った肩に置いた手に力を入れて歩き出すようにしてやると、覚束ないながらも俺に身を寄せるように歩き始める。
そんな俺たちの後を興味津々についてくる井上に何も言うことなく角を曲がる。
「おや歳さん、声が聞こえたかと思ったら…。そちらは?」
「あぁ、源さん。ちょっとな。弁当屋の一人が具合悪くなっちまったんで保健室送りだ。」
言いながら購買の前を通り過ぎると後ろから「沖田さんあそこの弁当屋だったんだ!へぇー、ライバル業者ってわけか!」と空気も読まずに総司の姉の顔を覗き込むように言ってくる。
「林太郎、よさないか!」
源さんの一喝に「へぇ〜い」と不貞腐れたように返事をしてそこで立ち止まる。
ったく、いくつになってもうるさい奴だ。
小さく息を吐き捨て女の様子を見ようとその顔へ視線を下ろすと、離れていく俺たちの背中に、叫ぶように大声を張り上げる井上。
「沖田さ〜ん!元気になったらまた合コンしよ〜ね〜!」
「林太郎っ!」
井上と源さんの大声を背に俺たちは振り返ることなくその場を後にした。