平助の母親

□36.
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テントに戻ると焚き火用のスタンドに火を点け、その周りを囲うように用意されたイスに掛けて談笑する皆さんの姿が見えた。


「わぁ!焚き火!?なんかキャンプ!って感じですね!」

キャンプファイヤーなんて小中学校で行った野外学習でしか体験したことがなかったから、いかにも大人のキャンプっていう雰囲気にワクワクしてしまう。


「キャンプっていう感じってゆーか、キャンプじゃねぇか」
「あー、まーそーなんですけどー」

呆れて言う先生に、上がったテンションも急降下。
でもやっぱり普段自分では絶対にやらない事にうきうきして焚き火を囲うみんなの輪に駆け出す。



「おぉ、苗字さん!やっと帰ってきた!」

近藤さまが笑顔で迎えてくれて輪に合流させてもらう。

「焚き火なんて、本格的でワクワクしますね!」
「ははは、そうだなぁ、こうして燃え盛る火を見つめて時を過ごすのも、なかなかいいもんだなぁ」

西の空の夕焼けの赤と、東からうっすらと迫ってくる星空と、焚き火の燃え盛るオレンジの灯り。

山の一日の早さにおいてけぼりにされそうだけど、パチパチと音を立てて燃える火はただ見ているだけで日常の忙しなさを忘れさせてくれる。

こうして火を見つめているだけなのに穏やかな気持ちになれるなんて不思議だな。
連れてきてもらって、やっぱり良かった。


人前で泣いちゃったりとかしたけれど、キャンプに参加しなかったら感じられない体験ばかりだった。

土方先生も言っていたけれど、ほんとに今までの過去があったからこそ、今こうして大好きな人たちと楽しい時間を共有することができてるって実感する。

平助の事を蔑ろにすることなんてできないけれど、こうして自分の時間を作って外の世界に飛び出す事も必要なんだと思う。
家にこもってばかりじゃ何もかわらないんだって。

きっと平助もそう思って私に行ってこいって言ってくれたんじゃないかな。

平助。ありがと。
平助のお母さんでよかった。


焚き火の火を見つめていたら無性に平助に会いたくなってちょっぴりホームシックな気分になってしまった。


「じゃあそろそろ夕飯の準備に取り掛かりますか。」
「そうだな、完全に真っ暗になる前に済ませとかねぇとな」

島田さんの掛け声にみんなが立ち上がりそれぞれが動き出す。

「それじゃあ、俺たちもそろそろホテルへ戻ろうか?」

近藤様もいすから立ち上がり長居してすまなかったねと井上部長を始め、近くにいるスタッフに笑顔を向ける。

「苗字は味噌汁、うまいの頼むぜ」
原田さんにまた調理道具と材料の入った袋を手渡され調理場へと足を向けようとすると、

「なんだって!?苗字さんの味噌汁が振る舞われるというのか!?」
「近藤さん、いくらなんでももう帰らねぇと…。俺たちの夕飯はホテルで用意されるんだろ?」

突然大きな声を出して振り向いた近藤様に土方先生が呆れて「おら、とっとと帰るぞ」と近藤様の背中を押す。

「いやしかしトシ…、ここで苗字さんの味噌汁を逃したら俺は一生この瞬間を悔やんで悔やんで死ぬまで後悔することになってしまうぞ。それでもいいのか!?」
「どんだけ大袈裟だよ!?」

いいから帰るぞ!と近藤様の腕を引いていこうとする土方先生と駄々をこねる近藤様の姿に誠自動車のスタッフ全員が声をあげて笑い出す。


「ははは、近藤さん、近藤さんさえ良ければ一緒にどうかと思うんだけどね…、でもホテルで夕飯の用意があるってなると、戻らない訳にはいかないでしょう…。奥さまの事もあるでしょうし…」

井上部長が眉を下げて微笑み近藤様を諭しているけど…、
奥さまっていうワードがでた瞬間、近藤様の動きが止まる。

「……、帰るぞ」
「ううう…」

肩をがっくり落として半泣き状態の近藤さんの背中をポンポン叩きわたしたちスタッフ全員に向き直り

「それじゃあ皆さん、今日は長い時間ご一緒させていただきありがとうございました。とても楽しかったです。またこれからも近藤さんをよろしくお願いします」

丁寧にお礼を述べて頭を下げる土方先生に
「いやいや、私どももお二人とご一緒できてとても嬉しかったですよ。土方さんもまたショールームに遊びに来てくださいね」
井上部長がみんなを代表して答える。

「みんな…、ありがとう…。今日はほんとにみんなと会えてよかったよ。ありがとう。ありがとう。」

涙を浮かべながら土方先生に引きずられて遠ざかっていく近藤様をみんなが笑って見送る。

「苗字、今度近藤さんが来るときはドリンクメニューに味噌汁追加しといてやれ。」

原田さんが私の隣に立って小さくなっていく近藤様に手を振りながら呟く。

「あ、アハハ…、ドリンクにお味噌汁って、あり得ないでしょう…」

ひきつり笑いしかできなかったけれど、取りあえず原田さんの提案をやんわり却下させていただき、調理場へと向かって歩き出した。


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