平助の母親
□31.
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☆★ある〜日、森のなか、あなたに、出会〜った♪★☆
白樺がたくさん立ち並ぶ散策コースは、今の季節とても気持ちがよくて、穏やかな木洩れ日を浴びながら目一杯澄んだ空気を吸い込む。
「ん〜〜〜!気持ちいーですねー!」
隣を歩く原田さんも気持ち良さそうに空を見上げてキラキラ降り注ぐ木洩れ日に目を細めて笑う。
「だな。こんなうまい空気、なかなか味わえるもんじゃねえしな」
「ほんとに!ここでしか味わえない空気ですね!」
二人でずんずん散策コースを歩いていくと白樺の林と湿原地帯の境に小さなコテージが見えてきた。
「おっ!あそこだな」
突然原田さんに手を握られて驚く間もなく引っ張られていく。
「っ、きゃっ!は、原田さん待って…!」
澄んだ空気の中を透き通るような声が俺の動きを止める。
ゆっくりと声のした方へ振り向くとそこには…
「苗字さん!?苗字さんじゃないかぁっ!!!」
いち早く駆け出す近藤さんの背中が見えた………。
「あぁ?こ、近藤さん!?」
「近藤さま!」
「原田君も。あぁあ、こんなとこで苗字さんに会えるなんて…。俺はなぁんて果報者なんだ!果報は寝て待てとはこういうことなんだな!なぁ!トシ!!」
近藤さんが振り向くとそこから現れるのは間違いなく俺の大切な存在…。
柵にもたれたまま動けないでいたのは、まさかの再会のせいか…。
それとも、名前の手を俺以外の男が触れているのを目にしてしまったせいなのか…。
近藤さんがこちらを振り向くとほぼ同時に二人の手は離れたが、俺の目にはしっかりとその残像が焼き付いてなかなか離れてはくれない…。
無意識に、だが、自分が仏頂面になっていくのがわかる。
「あぁ、先日近藤さんと一緒にショールームにいらした……」
「……どうも」
「トシだ」
「…………。」
俺の声に被せていつものごとく近藤さんが俺の名を名乗る。
近藤さんに紹介され、ヤツが俺に視線を向け人当たりの良さそうな笑みを浮かべ挨拶をする。
「こんにちはトシさ…」
「どうも土方です。」
「………こんにちは、土方さん」
奴に下の名で呼ばれる謂れはどこにもねぇから、あえて苗字をなのる。
ヤツも端から下の名で呼ぶのは本意ではなかった様で、俺が苗字を名乗るとふっと軽く息を吐いて笑い言い直す。
「いやいや、こんなところで君たちに会えるなんて、夢にも思ってなかったよ!」
近藤さんに促され俺のもたれる柵の前に設置された大木で作られたベンチに三人が座る。
「いや、ほんとにこんなことがあるんですねー。近藤さんたちは?お二人で?」
「ハハハ。いくら俺たちが旧知の友とはいえ、いくらなんでもいい歳した男が二人だけってことはないよ。」
なぁトシ?と朗らかに笑うが次の瞬間ハッと何かに気付いたように原田に顔をぐいっと近付ける。
「そんな事より…。まさか君たち、二人でここに…?」
言いながら徐々に顔面蒼白になっていく近藤さんに原田と近藤さんの間に座る名前が声を発する。
「ち、違いますよ?それこそいくらなんでもです!」
「おいおい、いくらなんでもってなんだよー」
「いや、原田さんもそこ食い付かない…。今日はわたしの入社の歓迎会で誠自動車の皆さんと一緒にキャンプに連れてきてもらってるんです」
「あぁー!歓迎会かね。うんうん、苗字さんならどこにいても大歓迎だからね〜!俺も苗字さんの歓迎会したいよ!」
満面の笑みで孫でも見るかのようにゆるゆるの表情で名前を見る近藤さん。
「だが…、みんなで歓迎会なのに君たち二人だけで散歩していたのか?」
ふと原田に視線を向けて、
俺も気になっていたことを訊ねる。
「あ、実はこいつに冷たい物を買ってやろうと思って…」
そう言ってベンチから立ち上がり売店の方を向く。
「ソフトクリームか…。苗字、いろいろフレーバーがあるみたいだが、見に行かねぇか?」
「あ……、はぃ…」
チラリとこちらへ向ける名前の視線を感じたが特に俺のリアクションはない。
あえてそちらを見ないように自分の足元に視線を落とす。
「原田くん原田くん!ここは俺に出させてくれ。」
近藤さんも慌てて立ち上がり三人で売店に歩き出す。
そんな三人の背中を見て、特に何を思うでもなく視界を反転させて柵に肘をかけて湿原の先を眺める。
澄んだ空気はどこまでも遠くクリアな景色を映し出す。
こんな大自然の中じゃ、
タバコなんて吸えねえな…。
一人になると無意識にタバコに手が伸びてしまうが今は湿原の奥に聳える山々を見つめ、青空とのコントラストを目に焼き付ける。
だが、目を閉じて浮かんでくるのは名前の手を掴む原田の手。
強烈な残像としてまぶたの裏に刻まれたそれは簡単には消えてくれなさそうだ…。
閉じた瞼をそっと開き、柵の前に広がる湿原の水面に映る俺の影に、そっと寄り添う小さな影。
薄く開いていただけの瞼を水面から上げて横を振り向けば、両手に一つずつソフトクリームを持って、片方を差し出して微笑む名前の顔があった。
「土方さん、一緒に食べましょ?」
頭をコテンと傾け、微笑む名前は俺にソフトクリームを持たせるように更に差し出した手を近付ける。
「あ、あぁ…、ありがとう…」
名前から受け取り礼を言うとふふっと笑い、
「近藤さまが買ってくださいました」
と言う名前の視線の先を追うと、近藤さんと原田が笑いながらこちらに向かって歩いてくる。
「まさか…、会えるなんて思いませんでした…」
視線は前に向けたまま、俺にしか聞こえないくらいの声量で囁く。
名前が俺との再会を意外にも喜んでくれているとわかり、柄にもなく心が弾んだ。
「ああ、俺もだ…」
交わした会話はたったそれだけだったが、今の俺にはそれだけで充分だった。
Next→32.近藤さんと永倉さんは、本当に思いのままに動いてくれるから有難いです。