平助の母親
□26.
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そんな俺と近藤さんのやり取りを黙って横で聞いている名前。
通話を終え、苦笑いする俺に
「近藤さまとお出掛けされるんですか?」と名前もうっすら苦笑いを浮かべている。
「あぁ、急遽近藤さんとリゾートホテルに宿泊だってよ。」
なにが悲しくて男と同室で寝泊まりしなきゃなんねぇんだか…。
不満をもらしつつ再度車を走らせる。
「ふふ、それじゃあわたしがキャンプに行ってる間、先生も一人じゃないから寂しくないですね」
「……おまえな。いくらなんでもお前が側にいないからって夜な夜な寂しく涙流すとでも思ってたのか?」
俺の心配するところと名前の心配するところが多大にずれている事に呆れを通り越す。
そんな俺の考えていることがわかったのか少し慌てる様子。
「えっ、だって先生あんなに『離れたくないよ〜!帰したくないよ〜!』って…。わたしてっきり一人になるのが寂しいのかと思って」
その様子からは全く悪意は感じられないが…。
「…おまえ、俺の事なんだと思ってやがるんだ…」
「えぇ!だって先生、あの時確かにそう言ってたし、わたしの事ぎゅってして『俺だけ………」
「わぁ〜〜〜〜〜〜〜〜った!もぉいい!もぉいいからそれ以上言うな!」
そういう事を平時に言うんじゃねぇ!と前を向いて運転しながら左手の拳でげんこつを落とす。
「いっ!…………ったぁ〜〜〜!」
もぉ!先生の加減なし!と両手で頭を押さえながらわぁわぁ騒ぐ名前に、ちょうど家の前までついたことで車を停車させ、真剣な目を向ける。
「いいか、よく聞け。俺はお前を愛してる。世間がなんと言おうとお前を俺だけのものにしたいと思っている。」
いきなり俺が真剣に話始めたことで目を大きく見開いて硬直する名前。
「だが、俺とお前は教師と保護者。法律でこの関係が恋愛することは禁じられてはいないが、俺たちの関係が外に漏れたら子供たちや関係者に大きな影響を与えてしまうのは事実だ。」
そこまでいうと名前がこくりとうなずいて口を開く。
「わかってます。…本当はこうして先生の車に乗っていることさえ、誰かに見られたらいけないんだって、わかってます。」
俺も名前の言葉に頷いて返事する。
「だが、俺たちは感情を抑えきることができなかった。教師として節操がなかった。本来なら、お前にこの感情を抱いてしまっても、せめて平助が卒業するまでは抑えるべきだったんだ。」
「……………。」
名前から視線をはずし、うつむく俺を無言で見つめる名前。
「………わたしも。」
「わたしも、軽々しく先生の家に上がったりして…、節度を弁えるべきでした。
でも、先生とこうなってしまった事に後悔なんてありません。」
キッパリという名前の台詞に思わず顔をあげると、そこには優しく微笑んでいる名前の顔があった。
「…わたし、平助が卒業するまで、今日の事、大切に胸にしまっておきます。誰にも言いません。……こんなこと、もし平助が知ったらきっとあの子も普通じゃいられなくなるだろうし、それに学校にも行きづらくなってしまうから。」
次第に寂しげな表情になる名前の顔にふと手が伸びてしまう。
だがその手は名前の手によって優しく受け止められ、名前の柔らかな頬に届くことはなかった。
「……、平助が卒業するまでって言いましたけど、わたしは平助がこういった話題をわたしと向き合ってできるようになるまで…。彼からそういう話をしてくれるくらい大人になってからでもいいと思ってます。」
どれだけ長く先生に待ってもらうことになるか分かりませんけど…。
と眉を下げてニコッと首を傾ける。
名前の、ずっと未来を見据えて俺とのことを考えている思いを聞いて思わず名前の腕を引き寄せて抱き締める。
「俺も。お前がいいって言うまで待つ。…どれだけ先になってもいい。」
ここが車の中だということも、
まだ日が暮れる前だということも考えず名前と唇を重ねる。
「お前とは…、これからこうして会うことはないだろう。休みも全く合わねぇしな。」
唇を離し、名前の肩に手を置いて瞳を覗き込む。
潤んだ瞳で「はい…」と呟く名前。
「会うことはできなくても、俺の心はお前のものだ。」
二人の関係が誰からも咎められずに、認められる時がくるまで…。
「はい…。わたしも…。わたしの心も、あなただけのものです。」
永遠の誓いのようなキスを交わし、俺たちは教師と保護者、それぞれの生活に戻っていく。
個人的に会うことを互いに禁じ、守るべき責務を全うする。
いつ叶うかわからない約束をそれぞれの胸に誓って、またいつか必ず愛し合える事を信じ家路についた。
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