平助の母親

□26.
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2日の夕方、まだ離れたくない気持ちをなんとか抑え、日が暮れる前に名前を家まで送る。

こいつを自分の側に置いて独占したいなんて、まさかこの俺がこんなに一人の女にのめり込むとは思いもしなかった。

できることなら帰したくない。
だが、こいつには守るべき家族がいる上にその存在は俺の教え子ときたもんだ。

この歳になって、これほど好きだと思える存在と出会えたのに、お互いの立場や環境を考えると、すぐには大きな行動をとることなんてできない。
かといってモタモタしているうちにこいつを誰かに拐われちまうんじゃないかと柄にもなく心配してしまう。
来るもの拒まず去るもの追わずのこの俺が…。

情けねぇと想う反面、いつからか忘れていた気持ちの昂り、生きる歓びのような感情が沸き上がる。

年甲斐もなく生きるという事に気持ちが高鳴るとか…。
意図せず笑いが口からもれる。

「…?」

助手席に座る名前が横から見上げるのがわかる。

「フッ、なんでもねぇよ」

左手を伸ばして名前の頭をくしゃりと撫でてやる。

「ふふ、」

そんな俺に微笑みをくれる。




間もなく名前の家に到着するというところで、突然俺のケータイが着信を知らせる。

車を路肩に寄せハザードを点滅させて停車する。
右手でケータイを取りだし画面を確認すれば、そこに表示されていたのは近藤さんの名前…。

嫌な予感しかしない。
ケータイを持つ手を力なく膝に落とし、天を仰いでため息をつく俺に名前が「どうかしたんですか?」と心配した眼差しを向ける。

「ん、あぁ…。」
ちょっとすまねぇなと断りを入れて応答ボタンを押す。
するととたんにケータイから飛び出す近藤さんのデカイ声。

一瞬誤ってスピーカーにしちまったかと耳から離したケータイの画面を確認する。
隣にいる名前も驚いているようで、大きな目を丸くして硬直化してしまっている。

一度咳払いして、ケータイを耳につける。

「…ったく、近藤さん。んなデカイ声で電話かけてくるんじゃねぇよ。ケータイぶっ壊れちまうだろうが…」
「お、おぉすまん…」

ため息をつきながら会話を始めた俺を見て、電話の相手が近藤さんだと分かり、一瞬背筋を伸ばす名前。

そんな名前の様子にフッと笑みがもれるが、近藤さんとの会話を続ける。

「で?休みだってのになんだ?緊急の連絡か?」
「い、いや…、な。ほら、先日渡したパンフレット、…見てくれただろ?」

…やっぱりそれか…。

「はあ、近藤さん…。俺ぁ行かねぇって言ったじゃねぇか。そんな暇ねぇんだよ」

昨日一日名前と過ごしたことを棚に上げて忙しさを言い訳にする。
だが、そんなことで諦めるような相手ではない。

「頼むよトシ!たった一日でいいんだ!一日だけ俺と一緒にいてくれるだけでいいから!その代わりトシに何かあるときは俺がなんでも悩みを聞いて力になるから頼む!この通りだっ!」

きっと電話の向こうで土下座を何度も繰り返しているであろう近藤さんを想像する。

ったく…。
「はぁ…、ったくわかったよ近藤さん。で?いつどこに行きゃあいいんだよ俺は?」
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