平助の母親
□24.
1ページ/3ページ
☆★恋する鬼は甘いキス★☆
映画も中盤に差し掛かり、物語の盛り上がりも全体の中でもっとも静かな展開になった頃、
ふと肩にかかる重さに画面からそちらに視線を向けるとそこには名前の頭が見えた。
「なんだ、寝ちまったのか?」
自分が見たいと言って借りてきた映画を見ながら途中で寝ちまうなんて…。
うつむいて俺の腕にもたれ掛かる顔を覗き込むと安心しきった表情で眠る名前。
一定のリズムで吐き出される小さな寝息に思わず頬が緩んでしまう。
「ったく、しょうがねぇな…。」
腕にもたれる頭を動かさないようにソファーに背を預けて天井を仰ぐ。
目を閉じれば名前の安らかな寝顔が俺の脳内を占領する。
ふっ、と笑いがこぼれると、二人っきりの部屋で俺を前にしてこんだけ無防備になれるやつも珍しいと思う。
それだけ俺を警戒していないのか、それとも男として意識されていないのか…。
どちらにしても今まで会ってきた女とは全く違うこいつに、俺も変な見栄を張ったり駆け引きを考えたりといったことをしようとは思わなかった。
ただ、こいつといるだけで、他のやつらと接する自分とは違う本来の自分が出てしまうのは間違いねぇ。
俺が普段鬼の教頭、土方歳三として作り上げた壁をいとも簡単に越えて内側に入り込んできた名前。
入り込まれたからといってそれが全く不愉快ではないことに気がつくと、やはり俺はこいつに特別な感情を持っていると言わざるを得ない。
教師が自分の受け持つ生徒の親に惚れるなんて。
そんな話、一体どこにあるってんだ。
世間一般の常識から考えると実に情けねえ話だが、まさか自分自身がそうなるとは…。
自嘲めいた笑みがこぼれるが、これは紛れもない俺の本心だ。
こいつといると日頃気を張って作り上げた仮面や鎧が音もなく消え去っていく。
こいつの雰囲気に俺の凝り固まった心がまるでゆりかごで揺られるように穏やかに蕩けさせられている。
こんなに安心して自分をさらけ出せる相手なんて今までに会ったこともねぇ。
教師と保護者としての立場で出会ってしまった事を軽く恨むが、そんなのこの世の中で、今を生きる同じ時間の中で出会えたことを思えば小さな問題だ。
教師だろうがただの人間だ。
俺にだって人を愛する権利はある。
それが偶々生徒の親だったってだけだ。
この関係が例え世の中で許されないものだとしても、俺はこいつを想う気持ちを手放したくはねぇ。
この安らかな寝顔を他の誰にも見せたくはねぇ。
もう一度背を屈めて名前の顔を覗き見る。
伏せられた長いまつげ、少しだけ開いた唇に思わず吸い寄せられる。
重なった柔らかな感触に俺自身の視界も閉じる。
俺にはもう、こいつしかいねえ。
唇を離し、名前の頭を撫でてやる。
すっかり熟睡している名前にため息混じりの笑みが漏れ、肩に寄りかかる名前の頭の上に頬を乗せる。
名前の香りを感じながら目を閉じると画面に映る映画をそのままに俺も浅い眠りについた。