平助の母親
□19.
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☆★学校も連休前の準備です。★☆
四時間目の授業が終わり、先程までグラウンドで体育の授業をしていた生徒たちが手洗い場に集まってくる。
窓を開けた職員室にまで、子供たちの各々の声が届いてくる。
「いや〜。四月ももう終わりかぁ。早いもんだなぁ。」
近藤さんが窓辺に立ち、子供たちの様子を見ながら朗らかに笑う。
おれも取りかかっていた作業にキリをつけて近藤さんの隣に立つ。
「そうだな。春休みが終わって気がつきゃもうゴールデンウィークだもんな。息つく暇もねぇ。」
ため息混じりに皮肉げに漏らすと近藤さんはこちらを向いて、
「ははは、トシは毎日毎日、仕事を抱え込みすぎなんだよ。もう少し肩の力を抜いたらどうだ。」
大きな手でバシバシ俺の肩甲骨辺りを強打する。
「いっ!………、いてぇよ近藤さん。ったく…。」
「ははは、悪い悪い。トシの事だから、連休中もなにも予定も入れずに毎日仕事するんじゃないだろうな?」
何が面白いのかいたずらっ子のような目で笑いながら言う近藤さん。
「……。悪かったな、なんも予定もなくて。俺の場合仕事が予定なんだよ。」
ふんと窓の外に顔を向ける。
「まぁまぁ、そんな怒らずに…」
近藤さんがなにかを言っていたが、隣にいる近藤さんの声より、ふと目をやった先の手洗い場で話す千鶴と平助の会話の方が俺の耳を占領した。
「平助くん、いよいよ明日から合宿だね。」
「おう、おれもー、昨日からワクワクでさぁ!
荷物も全部準備万端!いつだって出掛けられるぜ!」
「平助くん、よっぽど楽しみなんだね!
普段の準備もそれくらいきちんとやればできるのにね」
「なっ!そ、そういう千鶴だって、明日からおじさんと田舎に帰るんだろ?」
「うん!パパの実家はホントに田舎だからなんにもないんだけど、
久しぶりの旅行だから嬉しくて!」
「普段なかなか会えないもんな〜。しっかり親孝行して羽伸ばしてこいよ〜。」
「うん。でも名前さんがちょっと心配なんだよね」
「かぁちゃん?」
「うん。」
「だぁいじょうぶだって!ああ見えてもうとっくに30越えてるし、立派な大人じゃん!明日から退屈しないように帰りにDVDでも借りてこればって言っておいたし」
「そういうことじゃなくって…。
ほら、会社の人たちとキャンプに行くって…。」
「あぁ、左之さんと?」
「うん…」
「なぁんで?左之さんいい人そうじゃん。かぁちゃんの事もしっかり楽しませてくれるって言ってたし」
「…それは、そうだけど…。やっぱり男の人と一緒にキャンプなんて、名前さん、その…、原田さんと一緒に寝たりとか?」
「ばっ!なに言ってんだよ千鶴!んな訳ねぇだろ!
それに母ちゃんみたいな子持ちの女、左之さんだって手ぇ出したりしねえって!」
そんな会話をしながら、俺たちのいる窓のすぐ下を通って昇降口へと消えていく。
「……………。」
「トシ!トシっ!」
「っ!……あ、あぁ、どうした近藤さん」
急に近藤さんに肩を揺すられてハッと近藤さんに顔を向ける。
「どうしたじゃないだろぅ。俺の話、聞いてなかったのか?」
眉を下げて困ったように俺の顔を覗き込む。
「あ、あぁ、わりぃ。なんだって?」
そういう俺に近藤さんはふぅ〜とため息をつく。
「トシはよっぽどお疲れみたいだな。そんなんではいかんぞ?休みはきちんと取らなければな。
仕事と休み、きちんと区切りをつけてこそ、いい仕事ができるようになるんだからな。」
そういうと近藤さんはジャケットの内ポケットからパンフレットを取り出して俺に差し出す。
窓に肘をかけていた俺は腰を伸ばし近藤さんが差し出したそれを受け取る。
「なんだ?リゾート施設のパンフレット?」
近藤さんに視線を向け次の言葉を待つ。
まさかとは思うが……。
「あ、あぁ、…その〜な?」
十中八九あやしいじゃねぇか。
「実はな、ツネが」
「いかねえよ」
「なっ!まだ何も言ってないじゃないか!?」
「言わなくたってこんなもん渡されてからその名前聞きゃあ、大体予想はつくだろうが」
近藤さんにパンフレットを押し付けて自分の席に戻る。
「い、いやトシ、話は最後まで聞いてくれ!」
近藤さんは往生際悪く俺の机まで来てパンフレットを机の上に置く。
「頼む!一生のお願いだ!俺を助けると思って!頼むからついてきてくれ〜〜〜!」
わぁぁ〜と俺の肩にすがり付く近藤さん。
「っちょ、お、おいおい、近藤さん!あんたの一生のお願いはいったい何度聞きゃあ済むんだよ!?」
他の教師や職員室に来ていた生徒に見られ、わかったから、話は聞くから離してくれ〜!というやり取りは昼休みの間にあっという間に校内に広まっていった。