平助の母親

□17.
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「…だが、俺だって、嫌いな奴にはそんなこたしねぇよ。
おまえがどう思ってるかわからねぇが、オレはおまえともっと仲良くなりてぇって思ってる。」



正面を向いていた原田さんは車が完全に停車するとハザートランプをつけてこちらを向き、
いつもよりも低めの声で囁くように呟く。



「オレはこの仕事についてからおまえのポジションについていたアシスタント、何人かみてきたがどいつもこいつも仕事してるって意識がねぇのか中途半端なヤツばかりだった。
うわべだけ取り繕って中身はチャラついたやつらばっかりだ。仕事で少しでも面倒事があるとす〜ぐ女の武器を使ったり。
そういうヤツは大抵半年もしないうちにやめてっちまう。当然顧客の評判も最悪だ。」



思い出すだけでも呆れるぜ。
と言って苦い顔をする原田さん。



「だが、おまえは違う。まだおまえが入社して一月にもならねぇが、今までのやつらとは仕事に対する意識って言うか、取り組む姿勢が全然違うんだよ。
人柄っていうやつか?何て言うか、意識してこうしよう!とか思ってやるんじゃなくて、無意識にそれができてるって言うか…。
客に対する時だけじゃなく、俺たち従業員や取引先の業者にまで、誰に対してもきちんとした誠意っていうのか、心配りができるヤツはおまえだけだ。
おまえのそういう姿勢が今の誠自動車を支えてくれてるって言ってもいいくらいなんだぜ。」



ポンポンしていた手はいつのまにかわたしの頭を撫でるように髪を滑らせる。



「おまえがいるから、俺たちは気分よく仕事ができるんだ。」



そう言って真剣な眼差しでわたしの顔を覗き込むように直視する。



「っ!はっ!原田さん!」



ち、近い!



「そっ!そんなに誉めてもっ…!なんにも出ませんよ!」



心臓がバクバクいって、なんかよくわからなくてありがちな 台詞を口走る。



「ぶっ!なんだよそれ!」



真剣な眼差しが一気に笑いに変わる。
よ、よかった…!
と思ったのもつかの間。



「なんも出さなくてもいーよ。おまえはおまえのままで充分だ。」



そう言って肩にかかる髪を一掬いするとその束に口付ける。



「!!!」



そのまま上目使いで
「とにかく、オレはだれかれ構わず近づく訳じゃねぇ。おまえの人柄に惚れている。」



そして髪をはらりと手から滑らせてわたしの襟足の髪に手を差し込む。



「惚れているんだ。」



もう一度同じ言葉をグッと低めた声で囁き、わたしの目の奥を射るような眼差しで見つめる。



「はっ、はっ!はらっ!だ!さん!!!」



心臓が耐えられないくらいドキドキして、こんなときどうしていいか全く全然わからなくて、原田さんの名前すらまともに言えない。

男の人に全く免疫がないわたしは完全に挙動不審。
きっと視線も定まらないくらいキョロキョロしてる!

脳内で一人パニクっているうちに、気がつくとわたしの視界は原田さんのお色気たっぷりな唇で他に何も写さない。



「〜〜〜〜〜〜っ!」



耐えきれなくなって思わず目を固く閉じて現実逃避。
すると、ナナメ分けにした前髪から出てるおでこにチュッと柔らかい感触。



「!?」



固く閉じた目をうっすら開けるとそこには原田さんの顔!
原田さんはわたしのおでこにキスをして、額をくっつける。



「おまえみたいにまっすぐで誠実な女ははじめてなんだ。だからほっとけねぇんだよ。誰にも触らせたくねぇ。」



優しい声でささやかれると原田さんの吐息がわたしの唇をくすぐる。
だけどわたしは完全にパニック状態。
こんなことがあるなんて思いもしない事態に、頭が働かないどころか口もうまく回らない。



「あのっ!わたっ、わたしっ!てゆうか…!何をっ!?」



からだ全体カチンコチンになって原田さんを押し返すことすら忘れて膝の上においたままの手はいつのまにか無意識に固く握って固まっている。

そんな状態のわたしを原田さんはやっと解放してくれたけど…。



「俺もちょっと突っ走りすぎたかな…。わりぃな」



そう言って襟足に差し込んだ手を髪から抜くと、もう一度わたしの頭をさらっと撫でる。



「これじゃおまえの言う通り、沖田ってヤツとそんなにかわんねぇか。」



フッと笑みを浮かべて運転席のシートに背中を戻す。



「だけどよ、オレは一月足らずとはいえ、おまえの事見てきて、どういう人間か理解してるつもりだ。
おまえが思ってるより、オレはおまえだけを見てる。他の女には同じようなことはしてねぇ。
…俺の事、もっとちゃんとみてくれねぇか?」



問いかける原田さんはわたしの返事を待っている。
どうしよう。…じゃなくて…



「だ!だけ、ど!わたしには、子供がいるしそのっ、原田さんよりずっと年上だし、そのっ…!」



そこまで言うと原田さんはわたしの言葉に被せるように話し出す。



「おまえに子供がいることや歳の違いなんて関係ねぇんだ。子供がいて、年上でも、オレは全部含めておまえが好きだ。」



まっすぐな言葉に返す言葉が出てこない…。



「で…、でも…。」



視線をさ迷わせるわたしに原田さんは小さくため息をつくと



「わりぃ、なんか今日はどうしても自分を押さえることができねえ。おまえを困らせたい訳じゃねぇんだが…。
あの沖田ってヤツがおまえの手を握ってたの見てから、どうもおかしぃんだよ…。」



ほんとわりぃ、と困ったように笑うとハザードランプを消して右へウィンカーを出し車を発進させる。



「………っ」



そのままお互い何かを言いたいのにうまく言葉にできない状態で車はわたしの家へと向かう。

気まずい……。

でも何を話したらいいのか、全然わからない。
すると原田さんが口を開く。



「キャンプ、来てくれよな。」



前を向いたまま小さく呟く。
その言葉に、今は即答できなくて、少し俯いてしまう。



「おまえに来てほしいって思ってるのは、俺だけじゃねぇし、」



原田さんは続けて短く呟く。
キャンプが泊まりだっていう時点でどうしようか迷っていたのに、
今のこの状況じゃさらに即答なんてできないよ。



「…、泊まりだし、…平助に相談してからじゃないと、なんとも…。」


苦し紛れに小さく呟く。



「子供、平助ってのか。でも平助は合宿いくんだろ?」



わたしの小さな呟きをきちんと聞いて答えてくれる。



「そうですけど…。やっぱり家を空けるなら、いくら平助がいないからって、黙って外泊するのは…。」



躊躇いがちにいうと「そぉだよな…」とため息混じりに原田さんが洩らす。



「………平助か。今日は家にいるのか?」


突然の質問。



「あ…。はい、もうこの時間なら家に帰ってると思います。」
腕時計をチラッと見て答えると、



「今日、会わせてくれねぇか?」


車を走らせながら前を見て呟くように聞いてくる。



「え…?」



思わず原田さんへ顔を向ける。
原田さんは前を見ながら

「言ったろ?オレは子供がいる事も含めておまえが好きだって。だからおまえの一部である平助の事も知りたいんだよ。」

そう言って優しい眼差しを私に向ける。



「あ、あの…、でも原田さん、お客様の引き取りは…?」

「あ?あぁ、あれはウソだ。おまえを沖田から引き離すための口実だ」


ウインクしてまた前を見る原田さん。



「う、嘘って…」


それって職権濫用じゃ…と言いかけると、


「営業ってのは臨機応変に立ち回れねぇとな!」


と得意気な声でアクセルを踏む。



「う、嘘はいけませんっ」

「ははっ!小さいことは気にすんな」



笑いながら答える原田さんに、この人の言ったこと、全てを信用するのは危険だと少し冷静になれた一言だった…。





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