平助の母親

□14.
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手を洗って戻ってきた私たちを千鶴ちゃんがお出迎えしてくれる。



「はい、土方先生はこちらです。」



そう言ってわたしの隣の椅子をひく。
平助はいつもの千鶴ちゃんの隣の席に座ってこちらを見ようともしない。
そんな平助に少し罪悪感を感じつつ椅子に腰かける。

いつもは空いている隣の席に成人男性が座っているというだけでなんだか圧迫感を感じてしまう。
考えてみたらこの家に成人男性が上がってきたのは初めての事だと今気がついた。
ものすごい違和感に戸惑っていると、



「じゃあ、食べましょうか!」


と千鶴ちゃんが元気よくいただきます!とお箸を手に取った。

美味しそうにご飯を食べる千鶴ちゃんと、ブスッとした顔でガツガツ食べる平助。
黙々と静かにご飯を口に運ぶ先生と、この面子の違和感に戸惑うわたし…。

静かな食事…。
一人、いつもと違う人がいるだけで、こんなに雰囲気が変わっちゃうんだ…。

そう思って黙々と食事を続けていると、千鶴ちゃんが口を開いた。



「そういえば、さっき、まだ面談の途中だったって言ってませんでしたっけ?」


と首を傾げながら先生に問いかける。


「あ〜。そうだったな…。」


そう言うと先生は「平助」と呼び掛ける。
その呼び掛けに一瞬ドキリとした様子の平助だったけど、
「な、なんだよ…」となんでもないそぶりでおかずを口の中に放り込む。

そんな平助にお構いなしにお茶を一口飲んでから淡々とした口調で話し出す先生。


「食事中にするような話じゃねえが…、平助。おまえ、あんまり母親泣かせんじゃねえ」


ギロリと鋭い視線を平助に向ける。

!?

驚いてすぐ隣にいる先生の顔を見る。
千鶴ちゃんも、そして平助も驚いてお箸が止まる。



「なっ!何言ってんだよ!オレがいつ母ちゃん泣かしたってんだよ!」



訳わかんねーこと言ってんじゃねぇよ!とお茶碗とお箸を持つ手を机に叩きつける。


「そ、そうですよ!平助はそんな、わたしを泣かせるような子じゃありません!」


わたしも先生が何を根拠にそんなことを言ったのか理解できなくて、つい勢いよく言ってしまう。
さすがの千鶴ちゃんも先生の言葉に驚きを隠せないのか、目を大きく見開いて、先生の次の言葉を待っているようだ。

はぁ、とため息をついてお茶を置く先生。
わたしに視線を向けて、静かな口調で
「さっき、自信がねぇっつって泣いてたじゃねぇか…」
とわたしを横目で見る。

さっきの先生の車の中での会話を思いだし、ハッとする。



「あ…、あれは、平助がどうとかじゃなくて、わたしの問題で…」


わたしが不甲斐ないからと言葉を続けると、すぐにそれは遮られ、先生の言葉を重ねられてしまう。



「いや、あんたは一人でよくやってるよ。思春期の息子をこうしてうまく育て上げて。両親揃ってたって愛情がなければここまで親思いの子は育たねぇ。」


そういって平助に視線を向ける。

平助は誉められてるのか、これから何を言われるのか分からないといった状態で先生から視線を向けられただけでドキッと肩が跳ね上がった。

そんな平助を細めた目で見ていた先生だけど、フッと表情を緩めると


「平助、お前が母親を大切に思ってるってのはよくわかった。だがな、親を悲しませたくねぇんだったら、もうちっと成績上げやがれ。このままの状態で行きゃあ、確実にお前は親泣かせのどーしょーもねぇバカ息子だ」



表情とは一切結び付かないような江戸っ子弁で平助を貶す。


「〜〜〜〜!」


平助は何も言い返すことができなくて目を見開いて口をわなわなと震わせる。



「へ、平助くん!私、これから毎日部活終わった後は今日みたいにここに来てもいいかなっ?そしたら一緒に宿題したり、分からないとこも教えあったりできるし!」


そんな平助を見かねてすかさず千鶴ちゃんが助け船を出す。


「えっ!ホント!?いいの?千鶴ちゃん!?」


あまりの素敵な申し出に思わず平助の代わりにわたしが答える。


「もちろんです!」

「うわぁ〜!それ、すっごくいい!千鶴ちゃんと一緒に勉強したら、ぜったい平助もちゃんと集中してできると思うし!きっとすぐに成績もアップするよぉ!」



両手を胸の前で組んで握りしめて感激するわたしの横で、フッと先生が笑うように息を吐く。

その先生の表情を見上げると、少し意地悪そうな顔をして



「んじゃあ、次の中間テストが楽しみだな、ヘースケ。千鶴に見てもらって、それでも中間の成績が上がってないようだったら…。
バスケ部辞めて俺が貴重な時間を割いて毎日居残りで補習に付き合ってやるぜ」



フフンと高圧的なオーラで言い放った。


「!!!」


ガーン!という効果音が聞こえてきそうなほど真っ青な顔でひきつる平助。
我が子ながらかわいそうなほど不憫。



「だっ、大丈夫だよ、平助くん。ちゃんと成績上がるようにわたしも協力するから!」

「そうだよ平助!千鶴ちゃんがいれば鬼に金棒!恐いものなし!」



そういってガッツポーズをするわたしの前で平助と千鶴ちゃんは揃って先生を見て


「鬼…」


と呟く。そんな二人につられてわたしも先生の顔を見ると

「っ、てめえら誰が鬼だ!このやろぉ!」
と叫ぶ先生。

きゃーっと耳を塞いでそれからみんなが笑顔になる。

気まずかった空気や、最初に感じた違和感がいつの間にかなくなって、平助も先生も、笑ってる。
あぁ、やっぱり人が大勢集まるっていいな。
ふと小さな仏壇に目がいくと父母の遺影の笑顔もいつもよりにっこり笑っているように感じた。
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