平助の母親

□12.
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「昨日はどうも…」



目の前に座る平助の担任の先生が小さく頭を下げる。
教室に着いてから、言い知れぬほどの地獄の鬼オーラに怯えてしまって、まともに顔を見ることができなかったけれど、『顔をあげてください』と言われ、おそるおそる目を合わせてみると、そこにいたのは昨日ショールームで会った近藤様のお連れ様だった。

それから暫し、お互いに目を逸らせず時計の針だけが動いているような感覚。

近藤さんの大親友だと紹介された『トシさん』が実は平助の担任の先生で、鬼のようにおっかないっていう平助の担任が、あの朗らかな近藤さまの親友で、同じ学校の教師…?

えっと、でもでも、昨日ショールームで会ったときにはこんな怖い人じゃなかったよね。
でも、同一人物なんだよね。
全然違うって訳じゃないけれど、なんか空気が固いっていうか、これってやっぱり怒ってるから…?
それとも近藤さまがいないから?
近藤さまの朗らかオーラがここにはないから!?

先生の瞳から視線をはずせないままグルグル思考が駆け巡る。
先生もなんともいえないような難しい表情で私を凝視している。

すると、この重い沈黙を破るかのように、軽快な音が黒板の上に取り付けられたスピーカーから流れ出した。


『下校時刻10分前です。校内に残っている生徒は速やかに下校の準備をしてください。繰り返します…』


校内放送でハッと我に返ると先生もハッとした様子で目を見開く。



「すいません。遅くなってしまいますね。始めましょう」


そういうと、先生は平助の普段の様子や授業態度、更には衝撃の実力テストの結果という爆弾を投下してきた。



「一年生の時と比べてかなり順位が下がっていますね。テストの点数が取れないのもありますが、周りの生徒についていけていないという事も順位を下げている原因になってます。ご自宅でどういった学習スタイルで取り組んでいらっしゃるかは知りませんが今のままこの一年を過ごせば、3年生に進級する頃にはもっと深刻な状態になることはまちがいありません。ちなみに、このままの成績でいくと、ここから一時間圏内で通学できる公立高校はないと思ってください」



先生の情け容赦ない言葉に頭の中が真っ白になる…。


行ける公立高校がない…?
ウソでしょ…?


遠くの公立高校に入れたとしても、登下校に時間がかかってたら、今よりもっと一緒にいられる時間が減てしまう…。
かといって、私立の学校に通わせてあげるなんてきっととてもじゃないけど私の収入じゃ全然足りない…。

仕事終わったあとにバイト?ううん、それこそ平助との時間がなくなっちゃうよ…。
でも、やっぱりそうもいっていられないのかな…。
お父さんたちが残してくれたお金にだけは、手をつけたくないって思ってたけど、やっぱりそれも無理なのかなぁ…。

先生から突きつけられた現実に茫然自失の私。



「これからもっと授業内容も難しくなりますし、覚えることも格段に増えます。それを全て詰め込むように授業の進み具合も早くなり、ついていけていなくなる。二年生に一番多いパターンです。
………。苗字さん?」



机の上に広げられた資料の一点を見つめ続ける私の様子に異変を感じたのか先生は話すのを止めて私の顔を伺う。
先生に声を掛けられていることすら気がつかなくて、平助と過ごすこれからの時間のことで頭が一杯で頭の中がぐるぐるぐるぐる。


「苗字さん、…苗字さん!」


椅子から腰を浮かせて机越しに伸ばした手を私の肩に置き軽く揺さぶられてハッと顔を上げると目の前には怪訝そうに見つめる紫紺の瞳。
その瞳に捕らえられた私の声は震えてしまう。


「あ…、あの…」

「大丈夫ですか?顔色がよくないようですが…」



肩に手を置いたまま心配そうに顔を覗きこむ。



「あ…す、すみません。大丈夫です。だいじょうぶ…ですから…」



そう答えた私はきっと苦笑いだったと思う。
先生は私から離れると、椅子には座らず、そのまま立ち上がって机の上の資料をまとめため息をついた。
顔をあげて先生を見上げると感情の読み取れない表情で



「もう辺りも真っ暗ですのでこれで終わりにしましょう」


とまとめた資料を机にトントンとして揃えた。
そのコトバに窓の外に目をやると夕暮れ色だった空はいつの間にか真っ黒になってしまっていた。


「あっ…、は、はぃ…」


覇気のない返事をして椅子から立ち上がる。
先生が向い合わせにしていた机を元の通りに向き変えたので、私も使わせてもらっていた机と椅子をきっちりと前に向きを正すと「あ、すいません。」とこちらを向いて先生が言う。


「いえ、こちらこそ、遅くまですいませんでした…」


失礼します。とコトバを続けようとすると、途中で先生が口を開き
「今戸締まりしますので下まで一緒に行きますよ」と遮られた。

「あ…、はい…」
そう返事することしかできなくて、先生と一緒に電気を消して真っ暗になった教室を後にした。




Next→13.帰宅です。
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