平助の母親

□12.
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「し、失礼します…。」


両手を握ったまま背中を丸め、すごすごと扉を開いたままのオレの腕の下をくぐる。

……。

っ、なんなんだ、この生き物は…。

思わず吹き出しそうになるが、顔をしかめてなんとかこらえる。
そんなオレの息を殺したような空気を感じたのかすくめた肩越しからチラッとこちらをほんの少し振り向き悲鳴が聞こえてもおかしくないくらい肩が跳ね上がる。

笑える、おかしすぎるだろぉが!
だがしかし、こうは見えるが 相手は生徒の保護者だ。笑うなオレ!

一度ツボにはまってしまった笑いを必死にこらえるように、いつも以上にかたく顔をしかめて向かい合わせにした机に座るように促す。
そして自分も奥の椅子に座ると平助の資料を広げ、面談を開始した。
女の顔を見て尋ねる。



「平助くんのお母様、でよろしいですね?」

改めて再確認する。

「は、はい…。」



目の前の相手は相変わらず肩の力が抜けず、ひざの上に置いた拳を見つめながら応える。

………。

どうやら、さっきのオレの表情を見てすっかり怯えちまってるようだ…。
これじゃ、話になんねぇ。

はぁ…とひとつため息をつくとますます固くなる母親。


「お母さん、顔をあげてください。」


他の保護者はオレをパンダか何かを見るような目付きで見るなと言っても見てくるってのに…。
呆れた声色になってしまったが、そういうと平助の母親はゆっくり目線を上げた。
するとオレの顔を初めてじっくりと見れたのか、目を大きく見開いて口にしたコトバ。


「っ!トシさん!?」


いきなり近藤さんからしか呼ばれない呼び名を言われて目を見開く。
そして言った本人もデカイ目を更に大きく見開き、慌てて口元を両手で塞ぐ。



「わっ!わわっ!いやあのっ!すいません!わわわ!」

あたふたとする平助の親に、

「い、いや。あの、とりあえず落ち着いてください」とオレまで動揺してしまう。


こんな呼び方でオレを呼ぶのは近藤さんだけで、まさか生徒の親からいきなりそう呼ばれるとは、正直焦る。

自分自身にも落ち着くように言い掛け、その場を鎮める。


「あの…、苗字さん?」


口元を押さえたまま俯いた状態で固まっている平助の母親に伺うように声を掛ける。
すると、やっと顔をあげ、ゆっくり話し出した。



「えっと、あの、いきなり失礼しました…。先生が昨日私の職場にいらしたお得意様のお連れ様にとても似ていらしたので、ついビックリしてしまって…。ほんとにすいません。」


お騒がせしてしまいました。と困った表情ではにかむ。


「!」


その表情にオレは息を飲む。
化粧や髪型の雰囲気なんかの違いはあるものの、確かに昨日見たあの表情と同じ顔だ。


「い、いえ。いやその…」


何故かどもってしまう。そんなオレを小首を傾げまだ少しだけ怯えるような目だが、不思議そうに見上げてくる。
そんな様子を見るとなんとも言えないような感じがして、ひとつ咳払いをする。


「いや、うん、その…。昨日はどうも…。」

とそこまでいうのがやっとだった。
オレは一体どうしちまったんだ。
目の前のあか抜けない女が近藤さんお気に入りのあの女だとわかったとたん、いつものオレじゃない、どう接していいのかわからない状態になってしまった。

おそらく近藤さんがアイドルか何かを見るような目で彼女をオレと会わせたのがいけないんだ。
そして、このギャップに動揺しているだけなんだオレは。
ただそれだけだ。何も考えずに落ち着きゃどぉってこたねぇ…。
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