平助の母親

□10.
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いつもよりゆっくり目覚めた朝、母ちゃんは土日もいつもと変わらず俺の分の朝飯を用意して仕事に行く。
だからいつも俺が起きる頃には空っぽの家。
最近、母ちゃんとは夜しか会ってねぇ気がする…。
そんなことを思いながら母ちゃんの目玉焼きをつつく。
とろっと半熟の黄身がベーコンに絡まる。


「ぅおっと!もったいね!」


それ以上流れていかないうちにパクっと一口。


「〜〜〜っ!うんめぇ〜〜〜!」




朝飯を食い終わるとだいたいいつも10時過ぎ。
家に一人でいるのも静かすぎて落ち着かねぇし、天気もいいから俺は身軽な格好で河原の堤防に走りに行く。

この季節は桜の時期も終わっちまっているけれど、木々は青々としていて隙間から洩れる木洩れ日がキラキラしてそのなかをマイペースに走るのがサイコーに気持ちいい。
30分程走ったところで河原に降り、斜面に腰を下ろす。
汗を首から下げていたタオルで拭い、そのまま地面に倒れ込む。

青空が眩しい。

目を閉じて息を整えながら耳を澄ますと、川の流れる音や木の葉のざわめき、河川敷のグラウンドでやっている草野球や、サイクリングをしながら会話を楽しむ人の笑い声。
遠くで飛行機の音が聞こえたり…。
外はたくさんの音で溢れている。
静かな家の中に一人でいるのは正直さみしい。

じいちゃんばあちゃんがいなくなってから、母ちゃんはばあちゃんの介護との両立でやっていたパートの仕事をしばらく続けていたけれど、半年もたつ頃には毎晩家計簿を見てはため息をつく姿を見かけるようになった。

パートの収入だけじゃやっていけない事くらいオレでもわかる。
両親揃って共働きしてるとこの奴が『俺んちビンボーだから新しいバッシュ買ってもらえねぇよぉ〜!』とか嘆いているのを見ると、無性に虚しくなるってゆうか…。
よくわからない感情が芽生える。
まぁ、よその事気にして嫌な気分になるとか、そんな子供じみたことするような歳じゃねぇんだけど。

そのまましばらく目元にタオルを被せた状態でうつらうつらし始めた頃、そっとタオルが捲られた。



「んぁ?」



寝ぼけた声で目を開けると眩しい青空を背景に、逆光の龍之介がオレを覗きこんでいた。



「やぁっぱり平助か!何こんなとこで寝てんだよ」


オレの横にどっかり座る。


「んぁれ?龍之介。おまえこんなとこでなにしてんだ?」


上体を少し起こして聞くと


「それはこっちのセリフだろ。ここらへん、オレんちの近くだからさ。オレはコレ、」


そう言って龍之介はスケッチブックと鉛筆を取り出した。



龍之介は二年になって同じクラスに転入してきた オレの友達。
まだクラスに馴染んでいないようだけど、こいつも家庭にいろんな事情があるようで、親戚の家に世話になっているらしい。
母子家庭のオレと両親のいない龍之介は、新学期が始まって間もなく一番仲の良いクラスメイトと呼べる仲になっていた。



「へぇ〜。おまえんちって結構学校から遠いんだな。オレここまで結構走ってきたぞ?」



ゆっくり走ったとはいえ30分も走ればどんなにスローペースでも5キロ以上は移動したはずだ。



「あぁ、オレんち学区の端っこだしな。隣の学区の学校なんか家から見えるくらい近いのにな〜」

 

愚痴っているようだけど、鼻歌歌いながらスケッチブックを広げてデッサンを始める龍之介。


「それに堤防走ってくると川の形に沿って大回りになるからかなり距離あるように思えるが、住宅街で近道通ればそこまで遠いってこともないんだぜ」


腕を延ばして鉛筆を真っ直ぐ立てて片目を細めて景色を捉え、サラサラと白紙に滑らせる。



「でもやっぱ、目の前に学校見えるのにわざわざ離れた学校に通うってのも、気分によっちゃツラいっちゃ辛いんだけどな」


鉛筆の動きを止めることなく、景色とスケッチブックを交互に見ながらボヤく龍之介。



「まっ、龍之介ががんばってはるばる学校に来るおかげで俺たちは知り合えたんだし、いいじゃん」
右手でバシッと龍之介の背中を叩く。



「!!おぉい!何すんだよっ!今日消ゴムもってきてねぇんだぞっ!」

「ははっ、わりぃわりぃ!唾でもつけて擦っとけよ!」


そう言って立ち上がる。


「なんだよ。もう行くのか?」


龍之介が眩しそうなに目を細めてオレを見上げる。


「あぁ、もうちょい先まで走ってくるよ。おまえの邪魔しちゃわりぃしなっ!」


そう言ってその場から駆け出すと



「お〜。ゆっくり行ってこ〜い!」


とのんびりした声で見送られた。
考えてみたら、オレの周りには片親の家庭とか龍之介のように両親がいない家庭が結構いるような…。
今時そんなに珍しいことでもないのかも知れねぇな…。

龍之介のとこはよくわかんねぇけど、千鶴んとこも母親いねぇし。
しかも千鶴の父さんは医者で頻繁に学会とかで家を空けることが多いからそういう時は昔からうちに泊まりに来てたし、うちから学校行ったりとか。
そう考えると、夜だけとはいえ毎日ちゃんと母ちゃんと向き合って晩飯食えるオレは、まだ恵まれてるのかもな…。

母ちゃんもこの春から正社員としてフルタイムで働けるようになったって大張り切りだし。
今のご時世で、この年齢と子持ちっていう条件で正社員採用なんて夢のようだわ!なんて浮かれてたしな〜。
母ちゃんが満足ならそれで良いんだ。さみしいなんてしみったれた事言ってちゃダメだよな!

千鶴や龍之介、そして母ちゃんも一生懸命頑張ってるんだ。
おれも甘えたこと言ってねえで、
オレに今できることを一生懸命やる!ただそれだけだ!



「うぅうおぉぉおおおおおっっっ!!!」



全力疾走で折り返して龍之介と話していた場所を通り過ぎるオレ。
この先5キロも全力 疾走だっ!
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