平助の母親

□7.
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金曜の放課後、まばらに残っていた生徒たちもそれぞれ家路についたり部活動に励みだす頃。
空っぽになった教室を後にして職員室へと向かう。

階段の踊り場を曲がりふと視線を階下の廊下に向けると、近藤さんがそわそわした様子で職員室から駐車場へ急いで出ていくところが見えた。

ったく。生徒に口酸っぱく廊下は走るなといっているのに…。
踊り場の窓から近藤さんを探す。
そこには近藤さんの愛車の営業担当と近藤さんが挨拶している姿が見えた。

営業担当の後ろには小柄な女が立っている。ディーラーの人間か?営業見習いとかでついてきたとかそんなところか…。
何気無く様子を眺めていると、近藤さんがすごい勢いで女の手を握り上下に大きく振りだした。

おいおい、近藤さん…。あんたはいちいち動きがでかいんだよ…。腕が外れちまうだろうが…。

しかしこの場面で握手ってことは営業担当の引き継ぎか?
あんなひょろっこい小娘に任せるなんざ、近藤さんに対して舐めたマネしやがるぜ。近藤さんは気に入っていたようだが今までの奴もチャラついてていけ好かねぇしな。
近藤さんにはもっとまともな営業マンつけやがれってんだ。近藤さんもいつもニコニコしてるからあんな新人つけられちまうんだ。もっと厳格にしていてほしいもんだぜ。

そんなことを心のなかでボヤいていると、近藤さんに見送られ車屋が乗ってきたらしい車と近藤さんの車が駐車場を出ていった。
ん?近藤さん、代車用意してもらってねえのか?
疑問に思いながら踊り場を後にして階段を降りていくと、職員用の出入口から入ってきた近藤さんと出くわした。


「やぁ、トシ!おつかれさん!」



いつも笑顔だが、今は更に背後に大輪のひまわりを咲かせたような笑顔が眩しい。



「よぉ、近藤さん。上機嫌だな。良いことでもあったのか?」


近藤さんは頭を掻きながら『ん?そうか?』と笑う。

まぁ大体察しは付くが…。この人は新しい出会いとか人との繋がりをやたら大切に思ってるからな。新しく付けられた女営業とのことで浮かれてやがるな。



「ところで近藤さん、あんた車屋に車持ってかせて代車借りなかったのか?車戻って来るまでどおすんだよ?」



職員室に戻りながら話す。


「ああ、見てたのか。そうだな、いつもなら原田くんに代車に乗ってきてもらって貸してもらうんだが、今日は無理をいって新しく入ったという新人さんも連れてきてもらったんだよ。前から一度会いたいと思っていてな」



少し照れた様子で頬を人差し指でポリポリしながら席につく近藤さん。


「なんだよ近藤さんも案外女好きなんだな」


呆れた俺に近藤さんは慌てて、


「なっ!そうではないぞトシ!断じて違うぞ!オレはだな。彼女の電話の対応に感動して、一度会いたいと思っただけであってだな…!」

「ハッ!感動する電話の対応ってなんだよ、それ」



鼻で笑うと近藤さんはますます赤くなり、両手の人差し指をツンツンしてうつむき


「いや、その…。彼女の声は癒されるというか元気になれると言うか…。とにかく直接会って生で彼女の声を聞いてみたかったんだよぉ!」


机にバンっと両手をついて立ち上がり力説し出す。


「!?なんだよ近藤さん、驚くじゃねぇか。んで?そんなことより、車なしでどうすんだよ?」



正直、女になんざ興味がない俺は車の心配をして話をもとに戻すと、「そんなことよりって…。トシ…」と悲しそうな顔で腰かける。


「何もそんな泣きそうな顔するこたねぇだろうが…」

「うむ…。まぁそぉなんだがな」

と言って顔を上げるといつもの近藤さんに戻っていた。



「代車は今回はいいんだよ。今日は電車で帰るとして、明日は土曜日で特別出かける用事もないからな。明後日には仕上げてくれる予定になっている」



何事もなく言うが電車で帰るって…。


「ここから近藤さんちまで電車で帰るって、どんだけ乗り換えして帰らなきゃなんねぇんだよ。しかも電車だけじゃなく駅からバス使わなきゃたどり着かねえだろ」



近藤さんちは街の喧騒を見下ろす郊外にある小高い丘に建ち並ぶ高級住宅だ。
バス停からは、急勾配の坂道をひたすら登らなければ家まで辿りつかねぇ。
何かいけなかったか?と首を傾げる近藤さん。



「はぁ…。今日は俺が送ってやるよ。ったく…」


盛大にため息をつくと「いやぁ!悪いなトシ!いいのか!?」なんていいながら満面の笑み。
これだからこの人は憎めねぇんだよ。

すると満面の笑みの近藤さんは立ち上がりおれの肩に手を置くと、


「ついでと言ってはなんだがな、日曜日、予定がなければ車取りに行くの、付き合ってくれないか?」



ニコニコ顔の近藤さん…。


……………。



「わぁったよ、ったく。しょうがねぇな!」


得な性格だよ。まったく。






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