平助の母親
□5.
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ちょっとからかいすぎちゃったかな。完全に警戒してる…。こんなハズじゃなかったんだけどなぁ…。
あんなにクリティカルヒットするなんて思ってなかったし、こんなにかわいい反応するとも思わなかったから、つい調子に乗っちゃった。
このままじゃまた今日も名前を聞けずに彼女の降りる駅に着いちゃう…。
「ねぇ」
警戒しているのか、肩に力を入れてカバンの上に置いた手に視線を落としている彼女に小さく声をかけてみる。
一瞬、肩が跳ね上がって固まったけど、ゆっくりこちらを見上げてくれた。
「ゴメンね。ホントに君と話したかっただけなんだ…。ゴメン」
きちんと頭を下げて謝る。
すると、ふぅっと息を吐く音に続いて彼女の柔らかい声が聞こえた。
「もぉ…。いいよ。謝りすぎです」
ちょっと呆れたような、でも優しい柔らかい声で小さく呟く。
あぁ、この声、いいなぁ…。
「もう怒ってない?」
僕は顔を上げて彼女を見ると、
「怒ってないよ」
彼女はやわらかくニッコリ笑った。
「でも、こんなに目立つ人にあんなことされたら、もう明日からこの電車乗れなくなっちゃうな」
顔を赤くして衝撃的なことを言うから僕は慌ててしまう。
「えっ!?なんでさ。せっかく知り合えたのに。ダメだよそんなの!」
「ふふ、じゃあ車両変えよっと」
「だから何で変えるの!?」
柄にもなくちょっとムキになった僕に今度は彼女が人差し指をきれいな形の唇に当てて、にっこり笑う。
「静かに。…でしょ?」
だからその顔、反則なんだってば…。
ドキドキする気持ちを悟れないように、ひとつ咳払いしてから冷静に、余裕あるふりして会話を続ける。
「目立つ人って、僕?どこが目立ってるの?普通でしょ?」
すると彼女は軽く握った手を口元に持っていくとクスクス笑って、
「沖田くんみたいにかっこよくて背の高い人が毎日同じ場所に立ってたら、みんな注目するでしょ。私だって、初めて見たときにはドキッとしたもん」
さらっと何事もないように言う彼女の言葉にドキッとする。
彼女も僕のことを…?
ドキドキが急加速して心臓が痛い。
僕が僕じゃないみたいだ。
ねぇ、僕も君を見ていたこと、気付いてた?僕を見ていてくれてたんでしょ?
「…それに、」
口元の手を下げ言葉を続ける。
「こんなに席が空いてるのに立ったままって、沖田くんだけじゃない?」
彼女の必殺スマイルがまたもや僕に炸裂する。
………え………?
てゆうか、それって?
僕のことが気になってたとかそういう訳じゃなくて、
ただ単に他のみんなは座ってるのに、人と違う行動をして立っていたってのが目についたとか、
っていう事…?
ポカンと呆然とした僕に
「それじゃ、私はここで」
と言って席を立ちカバンを肩にかけていつの間にか開いた扉の外に出ていってしまった…。
そして、彼女と入れ替わりで一くん登場。
無言で僕の隣に座る。
「一くん…。」
「なんだ。」
僕の次の言葉がわかっているのかこちらを見ようともしない。
でも言わずにはいられない。
「また名前聞きそびれちゃった…」
「……………。」
一くんを始め、そこかしこから僕を哀れむ視線を感じるのは気のせいじゃないよね…。
こんなこと生まれて初めてだ…。
「一くん…。今日帰り、一くんち行ってもい」
「総司、ストーカーになるのだけはよせ。」
バッサリだよこの人。
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