平助の母親

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「あの…っ!ありがとうございましたっ!」


そういってペコリと頭をさげて顔にかかった髪を左手で耳にかけながら顔を上げ大きな瞳が僕を見上げる。
その瞳でまっすぐ見られると、今まで感じたことないくらい胸が高鳴る。


僕ってこんな惚れっぽいヤツだったんだ…。まぁ、好き嫌いが極端だってのは知ってたけどさ。

僕が高鳴る鼓動を抑えながら見てるなんて気付いた様子もなく恥ずかしそうにまた顔を下に向け、膝の上に置いたカバンの上で手をモジモジさせながら
「私、最近この電車に乗るようになったばかりで…」と呟く。

うん、知ってる。


「ちょっとはあのラッシュにも慣れてきたかなって思ってたんだけど…。油断しちゃった!」


あはっとはにかみながらまた僕に顔を向ける。


「…っ!」


ホント、ヤバイよ…。


キミを見かけるようになってから僕は毎日キミが座る席の反対側の扉に寄りかかっていつも見ていたけれど、今の笑顔はホント反則。すごい破壊力だよ。
毎日座ってるキミを見れたら満足だったのに、キミの口から紡がれる透き通るような音色の心地好い声を聞いて、大きな瞳でまっすぐ射抜かれてしまったら…。
今日を境にもうそれだけじゃ足りなくなってしまった。

もっとキミといたい。もっとキミを知りたい。



「僕は沖田総司っていいます」



だから唐突だとは思ったけれど自分の名前を名乗った。こうすると大抵の女の子はすぐに名前を教えてくれるのを知ってるからね。
キミの唇が動いて名前を聞けるもんだと思ってたのに、キミの口から出た言葉は、


「いつもはあそこに立っていらっしゃる方ですよね!」


と僕の定位置の扉を指してニッコリ笑った。



名前とは違う会話文が出てきて一瞬目を見開いたけど、言ってる言葉の内容を理解したら、気がついたら左手で口元を覆って顔を背けてしまっていた。
僕の存在を知っていてくれたことが嬉しくて、きっと今の僕は耳まで真っ赤だ。僕がこんな一くんみたいな状態になるだなんて…。

横目でチラリと彼女を見やれば、指差したままの体勢で?マークを頭の上に乗せながらニコッとしてるし…。


…………。
なんか…。
悔しいなぁ。


そう思っていると遠慮がちに彼女が声を出した。



「あの駅を過ぎるといつも席がたくさん空くのに、どうして座らないのかな〜?って。あ!でも大学生?ですよね?若いからわざわざ座らなくても平気なのか!」



後半は一人で自問自答みたいにしゃべってる姿がかわいくて。



「…ぷっ!…………っあはは!」


思わず吹き出した僕をまた頭の上に?マークをのせて今度はキョトンとした目で僕を見上げた。


「あ…、…あの…?」

「くくっ…!ゴメンゴメン、はぁ…。いや…だって、若いからって、…ははっ!キミもそんなに変わんないでしょ?」


そういって笑いを堪えながら彼女の顔を覗き込むと、またまたキョトンと目を丸くして、ふふっと微笑んで
「そんなことないよ」と笑った。

彼女の纏う柔らかい空気が心地よくって、気がついたらいつの間にか電車は彼女の降りる駅に到着。
電車が停まると彼女は立ち上がり、僕の目を見て

「さっきはホントにありがとうございました。また明日ね。沖田くん!」



手を小さく肩の前で振って降りていってしまった。

ハッっと気がついた時には彼女と入れ替わりに一くんが乗ってきて、いつもは扉の前に立ってるはずの僕が席に座っているのを見ると、


「具合でも悪いのか?」

と本気で心配しているようだった。
きっと彼女の口から彼女の声で名前を呼ばれた事と、『また明日』って言われたことが信じられなくて、僕は固まってしまっていたんだと思う。



「…総司?」



心配顔の一くんがさっきまで彼女が座っていた僕の右側に座る。



「………。一くん………。」



ゆっくり一くんの方に向きながら僕は呟いた。



「名前…」

「名前?」

「………聞きそびれちゃった………」

「……………。」
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