平助の母親

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車が駐車場から出てしばらくするとケータイの着信音が鳴る。



「あ、わたしの…。」



あれから一言も声を出すことのなかった名前がカバンを漁り、中からケータイを取り出す。



「平助からだ…」


着信はメールだったらしい。
メール画面を見て呟く。



「平助がどうしたって?」



名前の呟きに返事をするように声を掛けると、返信メールを打ち込みながら答える。



「今日は千鶴ちゃんのパパが、早く帰って来てくれたみたいで、一緒に外食に連れていってもらうって。だから母ちゃんもゆっくりしてこればいいよって…」


そういって送信したのかケータイをしまう。



「………。」



しばしお互い黙り込む。

信号が赤に変わり、車を停車させる。
どちらからともなく横目で見ると交わる視線。



「このまま真っ直ぐ」

「あ、あの。もしよかったら」


同時に話し出して声が重なる。

「………。」

「………。」

「……、お先にどうぞ…」



名前が手のひらを差し出し先に話せと促す。


「いや、お前から…。」

「………。」

「………。」



互いに黙り込んでしまう。

ふぅ、とひとつ息を吐き捨て、俺から口を開く。



「……、このまま真っ直ぐ送ればいいのか?」



赤信号を見つめたまま問いかけると名前は顔をこちらに向けて、



「あ、あの、…、もし先生さえよかったら…、」


と、そこまで言って口を閉じてしまう。
そして顔を下に向け自分の手を見つめる。
名前の続かない言葉に、視線を向けると



「……、いえ、なんでもないです。このまま家までお願いします」


と会話を終わらせた。



しばらく幹線道路を走っていると交差点に差し掛かる手前で名前が口を開く。



「あ、あそこのバス停の近くで停めてください。」


いつもあそこで降りるので、と目的地を指差しこちらを向く。

だが、俺はそれを無視してそのままバス停を通過する。



「えっ!あ、あれ!?えっ!?」



過ぎ去っていくバス停を振り返り、慌てて俺に振り返る。



「あの、せんせ…」

「真っ直ぐ送ろうと思ったが、やめた。先に飯だ。」



右のサイドミラーを見てハンドルを握り直すとウィンカーを出す。
アクセルを踏み込んで右車線に入り込み右折ラインで交差点の中央で停車する。



「な、先生…」



焦った様子で背中をシートから離して俺の顔を見上げる。
そんな名前に視線を向けて



「腹減っただろ?帰って一人で飯の用意するより、このまま二人で食いに言った方がいいと思わねぇか?」



ニヤリと口の端をあげて言ってやると、俺を見たまま一瞬きょとんとしていたが、
ふふっと柔らかい表情で笑って



「ふふっ、そうですね。でも先生はいつも急すぎです。ちゃんと言ってくれないから何考えてるか全然分かりません。」



口元に軽く握った手を持っていき、くすくす笑いながら、先生の恋人は大変ですねと呟いた。


「ふん、そんなもんいねぇよ」



吐き捨てるように言うと名前は目をまん丸くして驚く。



「えっ!そうなんですか?なんで!?」

「なんでって…。んなこたどうだっていいだろうが…。」

「え、いやでも…」

「んなこと言ったら、お前だってどうなんだよ?付き合ってるやつがいるってのか?」



横目で見ると「い、いませんけど?」と唇を尖らせる。



「ていうか私もう独身じゃないですから。誰かとお付き合いだなんて、そんな浮かれたことしたりしませんから。」



ぷいっとあごをあげてそっぽ向く。


「はは、独身じゃねぇか。確かにそうかも知れねぇが、千鶴はそんなの関係なくお前を心配していたぞ?」



そう言うとそっぽ向いていた顔をこちらへ向けて「え…」と小さく声をもらす。



「原田っつったか…?千鶴が言ってた。一緒にキャンプに連れて行くこと許可してもらうためにわざわざ平助に頭下げに来たってな」



右折信号に従い発進させて幹線道路から逸れる。



「…。もう、千鶴ちゃんは何でも先生に話しちゃうんですね」


先生、信頼されてるんですねと苦笑いする。



「それだけお前のこと大切に思てるってことだ。あいつから聞かされる話は最近お前のことばかりだしな。」



そう言ってやると、名前は困ったような照れているような複雑な反応をする。

ったく、どっちが大人かわかりゃしねぇな…。

今までに会ったどの女より、俺の興味を引く名前を横に、俺は車を目的の店へと走らせた。






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