平助の母親
□17.
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「……………。全然言ってることがわかりません。それに、さっきの、沖田くんだって、
ただ毎朝電車が同じになるだけで顔見知り程度だっただけです。
普通に電車に乗ってるだけなのに、ほっとけないとか構いたくなるって…、
意味わかりません」
もう一度原田さんの手を払ってキッパリと言う。
「じゃー聞くが、なんでただの顔見知りがお互いの名前名乗って手まで繋いじまうんだよ?」
少し呆れたような声なのに、向けられる視線はなんだか 鋭い。
その鋭い視線に、なんだか責められているような気になってしまう。
「………。」
黙ってしまったわたしに原田さんは完全に呆れた表情になって大きく息を吐く。
「ったく…。俺だってまだおまえと手ぇ繋いだことないってのに…。なんだよあいつ…」
前を向いて運転しながら何かボソッと呟く原田さん。
聞き取ることはできなかったけれど、原田さんは沖田くんを良くは思っていないことはわかった。
わたしだって、正直沖田くんの事はよくわからない。
ただ通勤時間に同じ電車に乗ってる男のこだっていう事しかわからない。
たぶん大学生なんだろうな、とか、
背が高くてイケメンだからモテるんだろうな、
とかそんな認識しか持ってない。
だから、さっき突然手を繋がれたことは本当にビックリしたけれど、
きっと沖田くんにとっては初対面だろうが女の子とそんな風に接したりすることは特別な事ではないんだろうと思う。
……。
ただのわたしのイケメンに対する偏見なんだろうけど…。
言ってみれば、原田さんだってそういうとこあると思う。
そう思い当たるとわたしの口は後先考えずに言葉を発していた。
「原田さんだって…、」
黙っていたわたしが急に発した声に反応して原田さんはこちらを見る。
「原田さんだって、その気もないのに女性なら誰にだって近い距離で接しているじゃないですか…」
「っ、あぁ?」
わたしの発言に驚いたのか原田さんは目を見開いて明らかに焦っている様子。
「原田さん、いつだってわたしの頭ポンポン叩くし、すぐに肩や背中に手を置いたりとか、
わたしの肩に乗せちゃうんじゃないかってくらいに顔を寄せたりとか…!
いつもいつもいい香り漂わせたりとか!
その気もないのにどれだけドキドキさせるつもりか知りませんが、」
一気に捲し立てて、はあっと一息ついて、
「他の女の子はどうか知りませんけど、わたしは今までずっと子育てしたり親の介護したりだったから男の人に免疫とか、
どういう対応したらいいのかとか、そういうの全然わからないんです!
ていうかはっきり言ってドキドキとかときめきとかそういうの今は要らないんです!
だからホントそういうのやめてください!」
勢いよく言い切ったわたし。
たまにこうして後先考えずに言いたいこといってしまう癖がある。
で、だいたいこの癖を発動した後はいつだって…
「ふっ!はははっ!なぁんだよ苗字!
おまえ大人しいキャラだと思っていたが、ちゃんと言いたいことハッキリ言える奴だったんだな!
なんだよ、猫被ってやがったな」
そう。
こんな感じで笑われてしまう。
「うぅぅ〜〜〜〜!」
そしてやってしまったことに後悔してなにも言い返せないっていうのがいつものパターン。
別に猫被ってる訳じゃないのに、外見とか雰囲気とか話し方で大人しいキャラだって昔から勝手に思われることばかりだった。
それに付け加えてあまり運動神経がいい方じゃなかったこともあって、
男女問わずみんながわたしをそういう大人しいキャラクターだと思い込んでいたと思う。
だから、たまに思ったことをズバッと言ったりすると「案外キツいんだね」とか
「そんな子だとは思わなかった」なんて引かれてしまったり…。
別にわたしは大人しいキャラを演じている訳じゃないから、そういわれて落ち込む訳じゃないけれど、
やっぱり少なからず「思ってたのと違う」なんて言われて距離をおかれちゃったりすると悲しくなる。
だから、自分を偽る訳じゃないけれど、極力本心を叫ぶようなことはしないように心がけてはいたんだけれど、
まだまだやっぱり大人げないな。
もっと大人にならなくちゃ。
久々の失敗に反省してうつむいていると、頭に手が触れる感触。
「っ!?」
驚いてとっさに原田さんを見るとその目はとても優しく微笑んでわたしを見る。
「わりぃ、笑っちまったが、おまえの言いたいこと聞けて良かったよ。」
そういって頭にのせた手をポンポンとする。
「おまえの言う通り、ちょっと触りすぎだったか?
おまえが嫌がるなら、ホントにセクハラになっちまうもんな、
これからは気を付けるよ。だが…。」
そう言ってブレーキを踏んで速度を落とし、ゆっくりと車を停車させた。