銀魂 短編
□白い吐息
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ミツバさんが亡くなったのは、もう1ヶ月も前のことだ。
私たちの目の前で、彼女はとても幸せそうに微笑んで、そして静かに息を引き取った。
綺麗な最期であったと、私はあの満足げな表情を見て思う。
それは、私にだけ都合の良い考えだったのだろうか――
ふと、スゥーと人手に障子が開けられたかと思えば、胸元に飛び込んできた亜麻色の頭。
ミツバさんと同じ色をしたその髪は、驚くほどに指通りが良い。
優しく撫でながら、私は彼にどうしたの、と小さくたずねた。
「アンタは…消えないでくだせェよ」
彼はいつになく弱い言葉を返し、私の身体にしがみつく。
長く伸びた前髪から、哀しく光る紅い目がこちらを見上げる。
まるで子供のようだと思うが、実際、彼はまだ子供なのだ。
死に慣れてしまっている、子供だった。
死に慣れてしまうというのは、決して死を軽んじているのではなくて、死を理解し、受け入れることができるという意味だ。
仕事柄、人の死を何度も目の当たりにし、いつの間にか、彼は自然と“大人”に振る舞うことを覚えてしまった。
しかし、姉の死だけは受け入れ難く、弱音や溜め息だけでは吐ききれないわだかまりが、心の奥底に留まったままなのだろう。
若くして唯一の愛する肉親を亡くし、そのぽっかりと空いてしまった空洞を一体誰が埋めるのだろうか。
できることなら私がしてあげたいのだが、正直こんな時どうしたらいいのか、私にはさっぱり分からなかった。
「私は消えないよ…私は…ここにいるでしょ?」
ただ、そう言って背に手を回してやることしかできない。
刀を持った時、あれだけ“強い”と感じられる彼が今にも消えてしまいそうで怖かった。
彼が消えるのを、私は拒んだ。
「総悟、私がいる…総悟をひとりにはしないから…だから、総悟も私のこと、ひとりにしないでよね」
「咲夜さん…」
少しずつ、抱きしめる力を強くした。
お互いの存在を確かめるように、名を呼び合って、抱きしめ合って――
「もう一度、泣いてもいいのよ?」
言うと、彼は至極嫌そうな顔をして、
「そうそう何度も、好きな女の前で泣けるかよ」
と頬を膨らませて言うのだが、声が小さくて、それは夜風になびいた木の葉のざわめきにかき消された。
拗ねたように顔を背ける彼の頭を再び撫でる。
こんな風に、ミツバさんにも愛されていたのかなぁ――
彼は私の胸に顔を埋めて、身体を体重ごと私に委ねてきた。
「でも、溜め込んでいても苦しいだけだよ?」
「そりゃあ、そうだけど…」
「けど…?」
「……ガキじゃあるめーし、少しはこういう悲しみを乗り越えていかねーとなァ…」
私の腕の中で、彼は淡々とそう言い、曇りがかった漆黒の空を眺めた。
時より吹く風が冷たくて、まだ秋といえど初冬の夜となれば息も白くなる。
もう、冬ですねェ…と、彼が呟くのに頷いた。
雪のように冷たい左手を、ぎゅうっと握る。
私が、あなたが、消えてしまうまで――
白い吐息
end
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