銀魂 短編
□線香花火
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「夏もおわりですねぇ…」
その夜は、藍色の空に真っ白な月がよく映えた。
縁側でその月を眺め、竜崎咲夜は唐突に呟いた。
その言葉に顔を歪めるのは彼女の上司、土方十四郎だ。
風呂上がりの彼はその黒い髪を僅かに濡らしたままで、制服から着流しに着替えていた。
「…今日の最高気温は31度。これのどこが夏のおわりなんだ?」
「でも、朝と夜は涼しいじゃないですか。それに、もう10月ですよ?」
背後にいる土方を振り返って咲夜は言う。
9月の暦はもう役目を終えたというのに、この国の日中の気温は相変わらず30度を越えている。
辛うじて、日の出ていない時は涼しいが、まだ秋など感じる気候ではなかった。
土方は団扇で自身を扇ぎながら、不満げに言う。
「ったく、どうかしてらァこの地球(ほし)は……ていうかお前は人の部屋の前で何してんの?」
彼は自室前の縁側でひとり作業をしている咲夜に尋ねた。
何やらビニール袋をあさっている。
ややあって、その袋から彼女が取り出したのは、大量の線香花火だった。
「なんでそんなもんがあんだよ」
「ほら、一月前に局長が花火買ってきて、みんなでやったじゃないですか。
でも線香花火はどうも不人気みたいで、ほとんど残っちゃって…勿体ないんで、今やろうかと」
「一人でか?寂しい奴だな」
「あら?そう思うなら付き合ってくれてもいいじゃないですか。仕事、終わったんでしょう?」
ニコリと笑って、咲夜は着流し姿の土方に線香花火を見せつけた。
(こいつ、ハナから俺とするつもりだったな…)
わざわざ副長室の前で線香花火を広げている咲夜を見て土方は思った。
面倒に思う傍ら、なんだか“一人で線香花火”というシチュエーションを想像すると妙に切なくて、土方は仕方なく彼女の隣に腰かけた。
そして煙草をくわえ、ライターで火を付ける。
――仕事後の一服は最高だな。
ひんやりとした空気と鈴虫の声が心地よい。
やはりなんだかんだいって夏ももうおわり――
ジジジ…バチッ…
「……オイ、てめーはどこで点火してんだ」
「いやぁ、いい火元があるなと思って」
「殴られてぇのか」
土方は額に青筋を立てた。
咲夜は煙草のわずかな火に線香花火をうまく点火させ、彼の鼻の先でその花が膨らむのを楽しんでいる。
バチバチと小さく音を立てながらそれは次第に激しくなっていく。
「熱ッ!オイ!もう火ィ着いただろ!さっさと離せ!人に花火を向けちゃいけないって習わなかったのかてめーはよォ!」
「ちょ、見てください!綺麗ですよ!」
「近すぎて見えねーわ!」
「――あ」
その時、小さな火の玉が音も立てず静かに地面に落ちた。
短い沈黙が、なんだかとてつもなく切ない。
「…あーあ、土方さんが騒ぐから」
「んなとこでやってるお前が悪いだろ」
呆れた口調で言うと、土方はため息とともに紫煙を吐き出した。
すると目の前に、まだ新しい線香花火が差し出される。
「勝負しましょう。負けたら、勝ったほうの言うことをきくっての、どうですか?」
彼女はそう言ってニヤリと笑った。
よほど自信があるのかその表情は余裕を醸し出している。
土方は差し出され線香花火を受け取って、そして負けじと不敵に口角をつりあげた。
「上等だ。さっきみたいな持続力で大丈夫か?」
フッと笑って、土方はライターで火をつけた。
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