銀魂 短編
□さくらんぼはキスの味
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「知ってます?さくらんぼの茎を舌で結べる人はキスが上手いらしいですよ」
ひっきりなしに筆を動かし続ける彼の背に向かって、私は呼びかけた。
甘酸っぱいさくらんぼの味を堪能して種を皿に吐き出し、彼に小皿に盛ったさくらんぼを差し出した。
「できますか?」
「何がだよ」
「だから、結べます?私、全然出来ないんですけど」
「不器用なお前にゃ無理だな」
煙草をくわえ、ふざけたマヨライターで火をつけながら、彼は馬鹿にしたようにフッと笑った。
絶対結んでやる…
「んなこと言って、どーせ土方さんもできないんでしょ?」
わざとらしく抑揚たっぷりに言いながら白い目を向ければ、それが癪に触ったのか彼は乱暴にさくらんぼを一つ摘んだ。
そして実から茎をちぎってそれだけを口に放り込んだ。
もごもごと口の中で舌を動かしている様子を私はまじまじと見つめる。
ややあって、彼は舌をべっと出して見せた。
そこにはしっかり結ばれたさくらんぼの茎が乗っていた。
「ほらよ」
「…自慢ですかァ?」
「んだよ、てめぇがやれっつったんだろ!」
「いややれとは言ってないですけど」
「馬鹿にしただろ!」
「お前がな」
そう言って私は茎を口に入れ、もう一度チャレンジしてみた。
こんな固くて短い茎を、どうやって結ぶというのか。
必死に舌を動かしすぎて、舌が攣りそうだ。
「む…むぐっ…」
「お前、そんなことやってねーでさっさと食えよ。まだ仕事残ってんだから」
「む〜〜〜っ」
茎の苦味が唾液と共に口に広がって、段々気持ち悪くなってきた。
そろそろ諦めて吐き出そうかと思った時、彼はハァと息を漏らし、私の胸ぐらを勢いよく引っ張った。
「いつまでやってんだ、貸せ」
「!!」
ぐいっと引寄せられ行き着いた先には彼の顔があった。
刹那、唇に柔らかいものが触れたかと思えば、口内に侵入してくる生暖かいものに、思わず身体をびくつかせた。
「ん…ぅ…」
離れた彼の舌の上には、キレイに結ばれたさくらんぼの茎があった。
「こんなんもできねぇのか」
「なっ…何してくれんだこの変態っ!」
「てめぇ上司に向かって変態はねーだろ」
何故だか満足げに笑みを浮かべるので、私はつい口をつぐんでしまった。
口の中に残った感覚がはなれなくて、しかも物足りなく感じるなんて、どうかしてる。
仕返しに、彼がさっきしたように無理矢理顔を引寄せ、不器用なキスをしてやった。
「おまっ――」
「茎を結べなくたって、上手なキスくらいできます」
自分でも分かる。
身体がみるみる熱くなって、私の顔はきっと熟れたさくらんぼのように真っ赤になっているのだ。
そんな顔を見られまいと彼に背を向け、私は書きかけの書類に向かった。
「いや、下手くそだぜ、お前」
「うるさい」
嫌味なほどにキスの上手いその人は、優しく笑って茎の取れたさくらんぼを口に放り投げた。
さくらんぼはキスの味
end
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