銀魂 短編 弐
□美男缶
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「なんでィ、それ。サバ缶か?」
ある日、いつものように仕事をサボるためお馴染みの公園にふらりと現れた沖田。
半ばお目当ての赤を見つけ、ベンチに座っていたその赤色――神楽が何かを大切そうに持っているのに気付き、ふいにその手元を覗きこんだ。
美男缶
見たことのない変わった缶詰を握り、彼女は黙ってそれをじいっと見つめていた。
珍しく真剣な神楽の表情に、今日の沖田は喧嘩をふっかけることもなく静かに彼女の隣に腰かけた。
一瞬、嫌そうに顔を歪めた神楽に、沖田もむっとなってもう一度問う。
「オイ、その缶詰なんなんでィ」
「うるさいアル。私、今考え事してるネ」
「考え事?」
怪訝に眉をひそめ、沖田は神楽から缶詰をひょいと無理矢理奪いとる。
「あっ!何するネ!」
「美男缶…?なんだこれ?」
神楽の持っていた缶詰には、大きく“美男缶”と書かれている。
美容食品か何かか?
そう思った沖田はその怪しい缶詰を見つめるが、すぐに神楽に取り返されてしまった。
「これはお土産アル」
「お土産?」
「坂本とかいう銀ちゃんの友達が宇宙から持ってきたアル」
「食い物か?」
言うと、神楽は違う、と首を横に振る。
そして神楽は急に笑みを浮かべ、自慢げに言った。
「これを開けると、イケメンが出てくるアル!」
「は?イケメン?」
「そうヨ。自分の理想のイケメンを作り出せるアル」
「……そんな馬鹿げた缶詰がこの世にあるわけねーだろィ」
「だから、宇宙土産だっつってんダロ。宇宙は発展してるアル。まぁ、別にお前に信じてもらえなくてもいいけどナ」
ふいっ、とそっぽを向いた神楽になんだか面白くない気分になる。
こんな胡散くさい缶詰に夢中になるなんて……沖田は少々ふてくされて、神楽と同じようにそっぽを向いた。
「私はこれでハーレムするアル!」
「ハーレム?」
「そうヨ!この缶詰は家にまだ3つあるネ。それぞれどんなイケメンを作り出して、どんな風にモテはやしてもらうか考えるのに忙しいアル。だから今日はお前に付き合ってるヒマないのヨ」
きらきらと目を輝かせて、神楽はぼそぼそと理想のハーレム計画を呟いていく。
目を閉じ興味のないフリをしながらも、沖田の耳は自然と神楽の声に傾いてしまう。
「まず、一人目はハーフ顔のさわやか紳士がいいネ。二人目はクールな俺様キャラで、三人目は男らしいスポーツマン、四人目は料理が得意で良い声してるイケメンがいいアル」
「…………」
「ハーフ紳士くんはいつも私に優しくしてくれて、頭も良いから女の子にモテモテだけど、私にしか興味ないのヨ」
「へぇ……まァ、俺も色白だし髪の色素薄いし、ハーフに見えなくもねェけどな。そこそこモテるし…(紳士じゃねェけど)」
「俺様くんは、いつも上から目線でちょっとムカつくけど、たまに優しくなったときのギャップがたまらないアル。いつも引っ張っていってくれるし積極的ネ」
「ふーん……まぁ、俺も俺様だけどな。いつでも引っ張って…ていうか引きずっていくけどな」
「スポーツマンは困った時にいつでも助けてくれるネ!私の遊び相手にもなってくれるアル」
「ほぉ……まぁ、俺のが運動神経抜群だろうし、警察だから、困ったらどうにでもならァ。つーかいつも俺が遊び相手になってるけど?」
「料理の上手なイケボ(イケメンボイス)は美味しいご飯をいーっぱい作ってくれるネ!普段は真面目で寡黙な感じだけど、いざという時は甘いボイスで私は魅了されてしまうアル」
「料理かぁ…料理も出来るぜ、たぶんだけど。あと俺ってイケボだろィ」
「四人は私をとり合って…でも私もみんなを愛してるネ…だから、逆ハーレムにならざるを得ないアル。全く、どうしようもなく困っちゃうネ」
「…………なァ、俺の話聞いてた?」
うっすらと瞼を開けて、横目で神楽に言う。
沖田にとっては耳障りの悪い話で明らかに不機嫌であるのに対し、ふと我に返ったように神楽は飄々と言った。
「何かボソボソ言ってたアルナ。なんだヨ、私のハーレム計画に文句あるのか?」
「文句ありまくりでィ」
「うわっ!何ヨ!近いアル!」
ずい、と顔を近づけた沖田は嫌がる神楽の肩をがしりと掴んだ。
目を合わそうとしない神楽に、沖田は苛々を募らせる。黙ったまま、睨むように神楽を見つめた。
「ハーフ顔で俺様で運動できてイケボ」
「は?」
やっと目を合わせた神楽はきょとんとして脳内に疑問符を浮かべる。
沖田の言ったことが分からず神楽は抵抗を忘れて沖田を見返した。
はぁ…と沖田は深いため息をつき、口を開いた。
「どうしようもなく困るくらいなら俺一人で十分だっつってんでィ」
「なにヨ…お前…」
「ハーフっぽい顔だし、俺様主義だし、剣の腕も真選組じゃ一番だし、イケボでィ。さっき言った四人がお前の好みなら――」
至極真剣な沖田に、神楽は何も言えなくなる。
呼吸が止まってしまうほど、沖田の紅い目に吸い込まれ、息を飲む。
「俺にしとけ」
そう言って半ば強引に抱き寄せられた神楽は、一瞬思考が停止した。
が、視界に入った沖田の赤くなった耳と放さんとばかりに抱きしめる腕に、神楽はフッと笑った。
「お前、妬いてたアルカ?」
「別に…妬いてねーけど」
「そーかそーか、ふーん」
「…何笑ってんでィ。俺にするのかその缶詰男にするか、さっさと決めやがれ」
「フン、そんな憎たらしい台詞じゃ不合格ヨ」
「……お前、俺の気持ち分かっててやってるだろ」
「さあネ。お前の気持ちなんて知らないアル。女は言葉が欲しいものヨ」
ほれ、言ってみろヨ、と余裕な様子の神楽に、沖田は歯を食い縛った。
そしていつもより低い声で神楽の耳に囁く。
「お前が……好きだ……」
その時、微かに神楽の肩がピクリと震えた。
見ると、少しずつ赤に染まる神楽の顔がこちらを向いていた。
「なかなかのイケボアル…」
ふわり、とふいに微笑みを浮かべた神楽に胸が高鳴る。
「仕方ないネ…合格にしてやるヨ」
「…何様でィ、お前は」
「かぶき町の王女様アル」
にへらと笑った神楽を、沖田は気難しい顔を作りながらも再び強く包み込んだ。
神楽の言葉に、少しだけ余裕を取り戻す。
「てめェ、後で覚えてろィ」
そして、いつものようにニヤリと不敵に笑ってみせた。
end
→おまけ