カカシ 短編
□ハッピークローバー
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夕暮れ時の川原を歩く。
任務帰りだったが、今日はなんとなく散歩をしたい気分になって、遠回りをして家に帰るつもりで、ここへきた。
春になるとこの川原には一面、白詰草が白くて丸い、小さな花を咲かせ始める。
鮮やかな緑と優しい白、そしてゆったり流れる川…この景色はお気に入りだった。
そんな景色を堪能していると、ふと、川原の草むらに、よく知った人物を見つけた。
おそらく今日は非番だったのであろう、白詰草の花と同じ白いロングワンピースを身にまとっていた彼女は、俺の好きな人だった。
「何してるんだ?こんなところで」
地面に張り付くようにして四つん這いになる彼女に背後から声をかけると、驚いた顔がこちらを向いた。
「カカシさんっ!?」
「よ。ルミ」
「びっくりさせないでくださいよ…任務帰りですか?」
「ああ。まあな」
「それは、おつかれさまです」
ニコリと愛想の良い笑みを浮かべると、彼女はまた視線を下に落とす。
両手を使って、辺りの白詰草を丁寧に探っていた。
「何?四つ葉のクローバーでも探してるの?」
「はい」
「えっ?ほんとに探してるんだ」
「昼から探してるんですけど、全然見つからなくて…」
(なんで…この歳になって四つ葉のクローバーをそんなに必死に探してるんだ?)
彼女の意図が分からずに、変な奴だなと思っていたら、黙っていた俺に気づいて彼女が顔をあげた。
「今…いい歳して昼間から何やってるんだって思いましたよね」
「えっ、あ…いや…」
心を読まれて思わず焦った。
彼女は不満げに顔を歪めたが、すぐに苦笑いを浮かべて、再び辺りを探り始める。
「別に、自ら思い立って探してるわけじゃないんです」
「じゃあ、なんのために?」
「さっき会った見知らぬ女の子のために…?かな」
「さっき会った見知らぬ女の子?」
「私も散歩でここを歩いていたら、一生懸命何かを探している女の子がいて…聞いたら、四つ葉のクローバーがどうしても欲しくて探してるって――」
「それでお前も一緒になって探してた、と」
「そういうことです」
「で?その女の子は?」
「帰りました。また明日探しにくるって」
「お前は帰らないのか?もうすぐ日が暮れるぞ」
「なんか…悔しくて」
「悔しい?」
「だって、こんなにいっぱい生えているのに、一つも見つからないなんて…見つけたら幸せになるっていうのに、見つからなかったらそれは不幸だ、と言われているみたいじゃないですか…!」
だから日が落ちるまで探す、と言う彼女に、俺は思わず声を上げて笑ってしまった。
必死になって探す彼女を見下ろし、俺も加勢するか、なんておかしなことを考えた。
彼女の隣に屈んでちらりと地面を見てみるが、四つ葉のクローバーは見当たらない。
必死に探す彼女の横顔を一瞥し、俺は言った。
「諦めろ。ここまできたら見つからないよ」
「もうっ…人が一生懸命探してるのに」
何でそんなことを言うのか、って顔をしてた。
嫌味を言ってるわけじゃない。ただ、気づいたのだ。
「なんで、見つからないんだろう…」
「“幸せ”だからじゃない?」
小さく呟いた彼女に言うと、彼女ははっと顔を上げる。
「四つ葉のクローバーを見つけると“幸せになれる”んでしょ?もし、今お前が“幸せ”なら、お前にとって“幸せのクローバー”は必要ないってことだ」
「あ……」
我ながらいい考えだとは思ったが、しかし四つ葉が見つかるか見つからないか、なんてのは、現実的に考えたら確率や運の話だ。
メルヘンなことを言って引かれたのでは…と思ったが、彼女はどうやら俺の言うことに考え直したらしい。
彼女の手元には依然として四つ葉のクローバーは見当たらないが、微笑む俺の顔をじっと見つめた後、おもむろに立ちあがった。
「フフッ…素敵な考えですね」
「ええ〜ちょっと馬鹿にしてない?」
「いえいえ。してませんよ。でもそう言われると、諦めがつきます」
苦笑を浮かべる彼女はそう言って、スカートについた葉を払った。
「なら、そろそろ帰るぞ」
「ご一緒していいんですか?」
「また道端の草むらにお前が這ってたら恥ずかしいからな。ちゃんと家まで見送らないと」
「大丈夫です!私は今“幸せ”なんです。だから四つ葉のクローバーは必要ありません」
そうきっぱり言った彼女の頬が赤らんでいたなんて、俺の春ボケもひどいものだ。
自嘲するようにフッと笑うが、一歩近づいてきて隣を歩く彼女に、自惚れずにはいられなかった。
ハッピークローバー
今、この瞬間は十分“幸せ”だ。
でもこの関係に満足できてない俺には、まだ四つ葉のクローバーを見つけるチャンスがあるんじゃないかと思った。
end
春ということで柔らかな作品を…と思いましたが、ご理解いただけましたでしょうか?
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