銀魂 短編 弐

□星屑を飲み干して
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風呂から上がって、濡れた髪をタオルで拭きながら自室に戻る。

この時間はほとんどの隊士達はとっくに寝静まっているであろう。

明かりのない屯所内はまるで誰もいないように静寂をまとっていた。

風呂に入って幾分か軽くなった足を進め自室にたどり着くと、部屋の前の縁側にぽつりと佇む一人を見つけて俺は思わず立ち止まった。

こんな時間に、こんなところで何をしている、と俺が問う前にそこに座る彼女はこちらを振り向いて、その大きな瞳をすうっと細めながら「土方さん」と明るい声音で俺の名を呼んだ。

俺が返事もなしにゆっくり彼女の傍まで歩みよると、隣に座るよう促される。

「こんな時間に何してんだ?こんなところで」

腰掛けながらようやくそう尋ねれば、彼女は猪口を俺に差し出し、その中に透明な液体を注いでから、その答えを言った。

「星見酒でも、と思いまして」

「星だァ?」

「はい。今日は星が良く見えますし、外は涼しくて気持ち良いですよ」

愛想の良い笑みを浮かべながら言うが、その表情には少しだけ疲れがにじみ出ている。

「お前…まさかそれだけのために、俺の仕事が終わるの待ってたのか?」

「それだけ、とはなんですか。今日は珍しく空が澄んでて、気温も丁度良くて、こんな夜にぴったりなお酒も頂いたというのに」

眠気を含んだ瞳で、ふてくされたように彼女は言った。

正直早く寝ろ、と言ってやりたかったが、自分のために眠気に耐えながらここまで準備してくれたのだ。

黙って彼女のしたいようにしてやるべきだと俺は思い、わかったわかった、と宥めるように言って一口酒を含んだ。

すっきりとしていてほのかに甘いそれはいかにも女が好みそうな味だったが、寝付く前にはこれくらいが丁度いいだろう。

確かにいい酒だった。

「いつもの酒屋さんが、真選組にはいつも贔屓してもらってるからって、サービスでくれたんですよ。どうですか?」

「ああ、うまい」

「それはよかったです」

「お前も飲めよ、ほら」

『白星』と達筆に記されたラベルの瓶をつまみ、備えてあった空の猪口に酒を注ぎ彼女に渡す。

「ありがとうございます」と軽く会釈をし、彼女はすぐにそれを口に付けて味わった後、「飲みやすいですね」と夜空を見上げながら呟いた。

つられて俺も、深い藍の空を見上げる。

確かに、今日は珍しく星がよく見えるようだ。

今夜の月は、その姿を細々と欠けさせている三日月だったから、いっそう、周りの小さな星たちはいつにもまして輝いているように見えた。

「綺麗ですねえ…」

「…こんなとこじゃたいして星なんぞ見えねえと思ってたが…今日は確かによく見える」

江戸郊外の田舎なんかに行けば星はもっと綺麗に見えるはずだが、この江戸の屯所で、彼女の隣で見るからこそ、今夜の星空にはそれなりの価値があるのかもしれないと思った。

武州にいた頃は満点の星空というのはまるで当たり前だったから正直気にも留めていなくて、改めて星を見上げるのは久しぶりだ。

「綺麗だな…」

「満足していただけましたか」

「お前は?」

「私は大満足です。綺麗な星空とおいしいお酒を、一日の終わりに土方さんと堪能できて」

恥ずかしげも無くそう言って、彼女は空になった俺の猪口に酒を注いだ。

風呂に入ったからか、それとも彼女の純粋な姿に気が舞い上がったのかは分からないが、火照った身体を撫でる夜風が心地よかった。

「和葉…」

「ん?」

「…ありがとよ」

一日仕事漬けだった俺の身体に染み渡る、彼女の優しさに俺は素直に礼を言った。

「こちらこそ。付き合ってくれてありがとう」

そう言って本当に嬉しそうに笑った彼女の顔をどうしてもまじまじと見ていられなくて、俺は目をそらし、注がれた酒をほんの少しだけ口に含む。

再び星空に夢中になる彼女の横顔を盗み見ながら、たまにはこんな粋なことをしてみるのも悪くないと思った。

ただしきっと、それは彼女が隣にいる、というのが前提でのことなのだが…

猪口の中の湖面には江戸の星空が微かに映っていて、俺はそれをしばらくながめた後、一気に喉へ流し込んだ。

「あ、土方さん」

その時彼女が唐突に、

「私達、星を飲んでますね」

可笑しげに笑ってそう言ったので、その通りだと、俺も小さく笑みをこぼした。





星屑を飲み干して





end

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