銀魂 短編
□ショコラの中身
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その女は俺の言葉にひどく顔を歪ませた。
泣きそうな、そして怒りを含んだその目には正直見飽きたが、いつまでたっても断った時の罪悪感は苛まれない。
顔にはあまり出さないが、少しは反省の意もある。
しかし俺への当て付けか、女は手に持っていたそれを無理矢理俺の胸に押し付けるなり、走って逃げていった。
結局、手元に入ってしまった可愛らしい小さな箱。
どんなに高価で美味いチョコレートがこの箱に入っていたとしても、きっと今の俺にはその味も、込められた想いも分からないだろう。
昨年まではまだ、このバレンタインというイベントをさほど気にしていなかったし、年々の慣れもあったが今年は違う。何が違うかというと――
「また断れなかったんですかィ?さすが土方さん、恋人が出来ても女たらしなのは相変わらずですねェ」
嫌味たっぷりに言うのは、つい2ヶ月前から恋仲にある部下の男、総悟だった。
一応、恋人というものができたからには、今まで散々もらっていたバレンタインチョコレートを丁重に断るのが常識というものだろう。
総悟の手には、昨年までは大量に抱えられていたチョコレートは一つもない。
俺を気にかけてのことだろう。
対して俺の手には二つ、見知らぬ女から巡回中に受け取ってしまった(強引に押し付けられた)チョコレートがあった。
「俺はきっぱり断ったんだ。なのに押し付けてきたんだから仕方ねェだろ。見てただろ、お前」
「アンタって本当、デリカシーのねぇ人でさァ。何でアンタが断ってるところなんか見てなきゃいけないんでィ」
「妬いてんのか?すまねぇな」
「自惚れんな、たらし野郎」
ぷいっとそっぽを向いて先を歩いて行ってしまった総悟を可愛いと思いながらも反面、悪いことをしたと思った。
確かに、総悟の言う通りだ。
「待てよ、総悟」
「付いてくんな。アンタは街中回ってチョコもらってきなせェ」
「悪かった、総悟。だからちょっと待てって!」
黙ってふてくされる総悟後を追いかけていると、屯所の近くになって、前を歩いていた彼が急に立ち止まった。
ポケットに手を突っ込みながらこちらを振り向いた総悟は、俺を睨む。
「な…何だよ…」
少々怯んで身構えた俺だったが、ポケットから出された物を、無言でつき出される。
それは、ごくごく普通の、市販の板チョコだった。
「今年は全然チョコもらってないみたいなんで、俺があげてやりまさァ」
「お前…」
目を反らしながら真っ赤な顔で言われ、そんなツンデレ行為にただただ見惚れるしかない俺は、つき出されたままのチョコレートを受け取った。
「バレンタインでただの板チョコって…」
「文句言うんじゃねェや、土方の分際で。こんな時期にチョコ買う男の気持ちくらい分かるでしょう!」
「悪ィ悪ィ。ありがとよ、総悟」
そう言って微笑みながら、総悟の頭を控えめに撫でる。
俺の気も知らないで…とぶつくさ言いながら俯く彼が、愛しくてたまらなかった。
まさかこんなサプライズがあろうとは、可愛いことをしてくれるじゃないか。
「ただの板チョコじゃありやせんぜ。その板チョコには俺の想いが込もってやすからね」
「ほぉ、そうか。例えば、どんな想いだ?」
「アンタへの因縁でさァ」
「なっ!お前、可愛くねーな!」
「じゃあ返してくだせェ」
「何でだ!お前、嘘でも可愛げのあること言っとけよ!」
「しょうがないですねェ…じゃあ…」
ショコラの中身
「胸焼けするくらい、俺の愛がたっぷり詰まってやすぜ」
ニヤリと笑って、背を向けた総悟。
「だから気持ち悪くなっちまえ」
「一言余計だ」
end
バレンタインネタでした。
ゆるくてすんません。
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