銀魂 短編


□トリック・アンド・トリート
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――苦しい…



ふと目が覚めた時、そう思った。

腹部が圧迫され、上手く呼吸が出来ない。

ぼやける視界の中で、黒い何かがゆらりと動いた。

「とりっく・おあ・とりーとアル」

オレンジ色の髪、透き通るような青くて大きな瞳。

それらを捉えた瞬間、寝ぼけていた俺はぱちりと目を覚ます。

見慣れた顔の彼女は、いつものチャイナドレスではなく、先の尖った大きな帽子をかぶり、黒いマントを羽織っている。

全身真っ黒のその衣装は、まるで魔女のような格好だった。

その人物が誰かなんてのは、考えるまでもない。

「何してんでィ、チャイナ」

俺はいかにも不服そうに、いつもの淡々とした口ぶりで腹の上にまたがる彼女にそう言った。

だが、鮮明になった視界で捉える彼女を見て、不覚にも「可愛い」と思った。

彼女は俺の腹の上から退くと、その真っ白で華奢な手を差し出し、またこう言う。

「とりっく・おあ・とりーと」

「あ?」

聞き覚えのある言葉に、俺はふとカレンダーに目をやった。

10月31日。

今日が俗にいう『ハロウィン』であることを思い出す。

「俺に菓子せびりに来るとはいい度胸じゃねーか」

「いいからさっさと何か出せヨ。じゃないとイタズラするアルヨ」

彼女は俺に向かってずいっと手のひらを突きだしてくる。

俺は小さくため息をつくと、机の上にたまたま置いてあった飴をひとつ取り、彼女に差し出した。

「ほらよ」

「チッ、飴玉ひとつとはケチくさいアルな。こっちは魔女の仮装までしてきたのに」

「知るかよ。もらえただけでもありがたく思え」

包装紙から飴を取りだし、彼女は口にそれを放った。

不満げに頬をふくらませてこちらを睨む小さな魔女に、俺は彼女が先程したように手のひらを突き出した。

「トリック・オア・トリート」

「えっ?」

「お菓子くれないなら、イタズラするぜィ」

ニヤリと黒い笑みを浮かべると、チャイナは顔を強ばらせ、少しだけ後ずさった。

その反応に気を良くした俺は、仕返しとばかりに彼女に迫る。

「ぎ…銀ちゃんが、その呪文使えるのは仮装した子供だけって言ってたアル!」

「仮装ならしてるぜィ。それに俺ァ子供だ」

咄嗟に引き出しから出した白装束を羽織り、手に藁人形を持って俺は言うと、「こんなモン仮装じゃねーヨ!」とチャイナは声を荒げた。

「だいたい私、お菓子なんて持ってないネ!だからお前にやるモンはないアル!」

「何言ってんでィ、持ってんだろ」

くるりと身を翻し逃げようとする彼女の腕を、俺は容赦なく捕まえた。

細すすぎる華奢な腕をグッと力強く握り、俺は彼女をこちらに向かせる。

「てめーだけいい思いにはさせねェぜ」

「!!」

俺は身を低くして、彼女の唇に自分の唇を重ねた。

ビクッと肩を震わせて反応するチャイナに、俺の顔が緩む。

「んんっ…ぅ…」

呼吸を求めて薄く開いた唇の間に、舌を割って入れた。

俺の胸を押し返す力はあまりにも弱く、時々漏れる艶のある吐息は俺を煽るだけだった。

舌を絡ませながら、俺はそこにある小さくなった飴を奪い取り、そっと唇を離した。

「んー、いい菓子が貰えたなァ」

しらっと言ってみせる俺を真っ赤な顔で睨みあげる彼女はきっと怒っているのだろうが、俺から見ればただの可愛い上目遣いだ。

すると彼女はこちらを睨むのをやめ、今度は俯いた。

何か言いたげに、モジモジと指を絡ませていた。

「オイ」

彼女が、小さく口を開いた。

大きな帽子に隠れて顔が見えないが、声からして、完全に怒っている。

殴られるか――そう思って、覚悟を決めた。

「お前、私の飴勝手に食ってんじゃねーヨ」

が、しかし、彼女の鉄拳が俺の身体にめり込むことはなかった。

帽子から覗いた顔は先程よりも赤く、潤んだ瞳が何かを訴えかけている。

「……せヨ」

「あ?なんだ、聞こえねェ」

「だからっ!ちゃんと私に飴返せよって言ってるアル!飴だけじゃ足りないネ!プラス酢こんぶ20箱持ってくるアル!」

「口移しで?」

「死ねヨ!女の子をからかうのも大概にするアル、このバカチンが!」

泣きながら廊下を駆けて行く彼女を、俺は追いかけなかった。

だがその場から「チャイナ!」と呼ぶと、彼女はぱたりと足を止めた。

だが、振り返りはしない。

「酢こんぶなら20箱だろうが30箱だろうが持って行ってやらァ」

依然として振り返らない彼女の背中に、俺は言う。

「俺は本気だぜィ」

からかってなんかいねーよ。

そう言おうとしたら、小さな声が聞こえた。

「明日…絶対持ってこいヨ」

それだけ言って、彼女は去って行った。

その姿に、俺はなんだか胸をうたれた気分だった。

しばらく呆然とした後、俺は魔女の去って行った廊下を眺め、一人呟く。

「ハロウィンてのは、なかなか良いモンだな…」

舌の上で転がしていた飴はすっかり小さくなり、俺はそれをガリッと噛み砕いた。

甘酸っぱいオレンジの味が、口いっぱいに広がった。
「トリック・オア・トリート」

飴と酢こんぶ20箱。

引き換えに、どんなイタズラをしてやろうか。

俺は楽しみで仕方がなかった。




トリック・アンド・トリート




end

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イタズラもして、お菓子ももらって、良いこと尽くしの総悟くんなのでした。

†ハッピーハロウィーン†


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