銀魂 短編
□カーテンのむこう
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「だめです…」
近づく彼の唇を、人差し指で優しく押し返した。
私の人生に大きな転機が訪れてから、ちょうど一週間が経った頃だった。
「こんなところで、だめですよ。先生…」
眼鏡の奥で私を見つめる目が、すうっと細められる。
坂田銀八先生。
私の担任の先生だ。
このクラスになって、先生に出会った時から、ずっと好きだった。
初めはただの憧れだったのかもしれないけれど、それはすぐに恋心へと変わっていった。
叶うはずのない恋。
こんなに辛いものがあるのか、と私は何度も悩んだ。
だが、何ヵ月経っても、夏休みが明けても、先生への気持ちが変わることはなかった。
そして事は、先生に出会って半年が経った時だ。
学期末の二者懇談。
そこで言われた言葉に驚きを隠すことなんてできなかった。
『俺、咲夜のこと好きだよ。もちろん、恋愛的な意味で』
にへらと笑って言う先生が信じられなかった。
私の想いに気付いて、弄んでいるだけなんじゃないか、と。
しかし彼は、内緒を突き通せる自信があるなら付き合わないか、と至極真剣な眼差しを向けるので、私は力無くコクリと頷いてしまったのだ。
そして今日は、それから一週間が経った放課後。
クラスメイトが全員出払った教室には、私と銀八先生の二人だけ。
今日はたまたま、日直だったから、私だけが教室に残っていたのだ。
そんなところに、先生がやって来た。
もちろん、私が残っているのを知っていてだ。
今日は先生と一緒にいられる時間が増える、と私は嬉しかった。
けれど付き合い始めてまだ一週間。
私にとっては初恋だから、一週間じゃあ余裕を作るには時間が少なすぎる。
なんだか気恥ずかしくて、目を合わせるのも至難の技だ。
「咲夜…」
普段よりも低く、甘い声。
それだけでも恥ずかしいのに、先生はゆっくりと顔を近づけてきて、次に何をされるか解ってしまった私は反射的に身を退いた。
すると先生は教室の入り口を一瞥し、フッと笑う。
「わっ!」
私の手をぐい、と引いて、先生は私と一緒に夕日を遮っていたカーテンのむこう側に入りんだ。
私は窓に背中を押しつけられる。
先生が、私の顔の両側に手を置いて、身動きが取れなかったからだ。
「先生…」
「大丈夫だって」
そう言うと、先生は短くて優しいキスをした。
驚きと、恥ずかしさと、嬉しさと…
いろいろな気持ちが交差して、一瞬頭が真っ白になってしまった。
「悪ィ、我慢できなかった」
「いえ……」
「ここなら、イチャついてもいいよな?」
先生は、窓の外にある夕陽を眺め、ニヤリと笑って私を抱きしめた。
私は、熱くなった顔を隠すように彼の胸に顔を埋める。
銀八先生の香りが、こんなにも近く感じられる――
幸せだった。
「さ、暗くなる前に帰れよ」
「はい…」
すっと身体を放されて、私は少し残念だった。
もう少し、抱き締め合っていたかったという欲があった。
でも、これは仕方のないことなのだ。
先生には、我が儘ばかり言って迷惑をかけたくない。
「先生」
「んー?」
「また、明日」
教室の戸を開け、振り返って言うと、先生は愛想のよい笑みを浮かべて返してくれる。
「おう、また明日な」
その笑顔が、愛しくてたまらなかった。
先生――
卒業したら、私の我が儘、たくさんきいてくださいね。
カーテンのむこうだけじゃなく、どこでだって、先生と戯れていたいもの。
カーテンのむこう
end
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