銀魂 連載
□迷子とおまわりさん
2ページ/3ページ
「こりゃ…結構深いな…」
ドスッと音を立て、倒れ込むようにして公園のベンチに腰かけた。
先程負った切り傷は思いの外深く、歩こうと足を踏み出せば激痛が体に走った。
なんとか足を引きずりながら歩いていたが、なかなか前に進めずすっかり日が暮れてしまった。
誰もいない公園には鈴虫やカエルの鳴き声だけが響いていて、自分を照らす蛍光灯の光はなんだか無性に虚しさをかきたたせる。
「はぁ…とんだ休日だ…」
珍しく夜空なんかを眺めてみては呟く。
休日だというのになんだか余計に疲れが溜まった気がする。おまけに怪我まで。
誰かが迎えに来てくれる――わけないか。
先程川に飛び込んでしまったせいで携帯は水没し、使い物にならない。
ここがどこなのかよく分からないのに。
「…さて、帰りますか」
足は痛むが連絡が取れないのであれば仕方ない、と立ち上がろうとした時、前に気配を感じた。
下を見ていた私は、その差し出されているのであろう手を、じっと見、顔をあげながらその人物に言う。
「何やってるんですか、こんなところで」
「そりゃこっちの台詞だよ」
なぜか息を切らした土方さんが、そこにいた。
ぶっきらぼうに差し出された彼の手を遠慮がちに掴んで、右足首を庇いながら立ち上がった。
「てめぇ、いきなりいなくなりやがって。携帯はつながらねぇし、どこで何してやがった」
「心配してくれたんですか」
「あぁ?自意識過剰もいいとこだな。そんなんじゃねぇよ」
「じゃあ、なんでここにいるんです?」
問い詰めれば、彼は私に目を合わさず、小さく言った。
「警察なんだから、迷子を探すのは当然だろ」
そうして煙草を取りだし、ライターで火をつけるなり美味しそうに吸い始めた。
空に消える紫煙を一瞥し、彼が言ったことに対し私が笑えば、彼は「何がおかしい」と不満げに睨んできた。
だが、おかしい。
だって、私と同じことを言うんだもの。
「つーかなんでそんな濡れてんだよ。風邪引くぞ」
彼は言うなり自分の羽織を脱ぎ捨てるようにして私に投げた。
ふわりと香る、土方さんの匂い。
「…煙草くさい」
「文句言うんじゃねえ」
「でも、温かい」
私には大きいその羽織を肩に掛けると、ずいぶんと温かくて、つい顔までそれにうずめる。
私は足首を庇いながらゆっくり歩き出したが、その前に、彼がしゃがみ込む。
「…邪魔なんですけど。嫌がらせですか?」
「んだよてめぇ、人がせっかく優しくしてやってんのに」
「キモいです。土方さんの優しさなんて」
「あ゛ぁ?」
要するに背に乗れ、と、そういうことだろうが、素直に乗るわけにはいかずいつものように突っかかる。
が、彼は依然として私の前で背を向けしゃがんでいた。
「そんなノロノロ歩かれたらこっちが苛々すんだよ。いいから黙ってさっさと乗れ」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
そう言って、彼の背に抱きつくようにして体を乗せ、首に手を回した。
彼は「しっかり掴まっとけよ」と言うと、軽々と私の体を持ち上げ、歩き始めた。
彼の大きな背からはほどよく温かい体温が伝わり、濡れた体に染み渡たる。
綺麗な長めの黒髪が揺れ、顔にかかってくすぐったい。
「今日は散々な日でしたよ…」
「そうか、それは気の毒だったな」
絶対気の毒には思っていない口調で彼は言う。
その反応が気に入らなくて、おちょくろうと彼の顔に自分の顔を近づけた。
「またデートしましょうね、土方さん」
そう言えば、「何がデートだ」と呆れたように彼は言うのだが、その耳が少し赤くなっていたことは、その時私には分からなかった。
「次はどこ行きます?また映画でもいいですよ」
「バーカ。当分は仕事だ」
鼻をかすめる煙草の匂いはあまり好かなかったのだが、今では少し、落ち着く匂いに感じた。
これからの休日は、土方さんと遊ぶのもいいかもしれない。
気持ち悪いくらいに優しい土方さんの背にしがみついて、私は静かに目を閉じた。
.