銀魂 連載


□海に行こう
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「可愛いですね」

「え?」

「ほんと、超美人じゃん。君、一人?」

「一人っていうか…来たのはまあざっと40人くらいだけど。何ですか?ナンパ?」

人気(ひとけ)のない磯で一人ぼうっと散策をしていた和葉は、見知らぬ三人の若い男を見上げた。

男たちはイイモノを見つけたかのように品のない笑みを浮かべながら、和葉ににじり寄る。

「俺らさ、今からおもしろいことするんだけど、一緒にどう?」

「絶対、楽しいって!マジで!」

「古い手口ね…悪いけど、興味ないから」

「あ、ちょっと待てよォ!」

「っ!」

面倒な奴らに構っている暇はない、と、その場を去ろうとした和葉だが、とっさに腕を掴まれ、足場の悪い岩場でバランスを崩した。

すっぽりと体が収まった先は、腕を引っ張った男の胸だった。

「逃げなくてもいいじゃん。俺らと楽しいことしようぜ?」

「…あなたたち、海に沈みたい?それともそこの岩で頭かち割られたい?」

「う゛っ」

和葉は自分を捕らえる男の腹に肘を入れると、凍結しそうなほど冷たい視線を男たちに浴びせた。

一瞬怯んだ男たちだったが、和葉の正体など知らぬ男たちにとって、その行動は怒りを煽るものでしかなかった。

男たちはいかにも不機嫌そうに顔をしかめると、和葉を捕らえようと必死の形相で襲いかかる。

「この女ァ!調子乗りやがって!」

だが彼女を捕まえんとする彼らの手は全て虚しく空を切る。

和葉は面倒くさそうに舌打ち混じりのため息をつくのだが、やはり足場の悪いこの場所では上手く体を扱えなかった。

「いっ!」

グキッと嫌な感触がしたとたん、足首に走った痛みにその場に肩膝をついた。

視界が陰ったかと思えば、男たちが囲んで自分を見下ろしている。

もう逃がすまい、と邪悪な光をその目に宿しながら、男たちの手が伸びてきた。

少々足は痛むが、腹を刀で一突きされるのに比べたら、これくらいどうってことはない。

今度こそ男たちの頭を割ってやろうかと思い、身体をよろめかせながら立ち上がろうとした時だった。

何もしていないのに男たちの呻き声が聞こえたかと思えば、妙に視界が開けている。

ふわりと、よく知る煙草のにおいが香った。

唯一自分の前に立ちはだかる男を見上げると、その手には見覚えのあるスイカ割り用の竹棒が握られていて、
サラサラと海風になびく黒髪に、和葉はつまらなさそうに目を細めた。

「海には入らないんじゃなかったんですか、土方さん」

ぶっきらぼうに片手を差し出す男――土方に、皮肉混じりに和葉はそう言った。

差し出された手を遠慮がちに受け取って、痛む片足をかばいながら立ち上がる。

「…ヒーローを呼んだ覚えはありませんけど」

「誰がヒーローだ。俺ァただスイカ割りがしてェと思っただけだ」

「私のスイカ(男)横取りしないでもらえます?そろそろ痛めつけてやろうと思ったのに…美味しいとこ持っていきやがって」

「そりゃ悪かった。可愛いだのなんだの言われてさぞかしいい気分だったろうに、邪魔したな」

くるりと背を向けて言うので、最後は何て言ったか和葉にはあまり聞こえなかった。

土方は大して聞こえもしなかったその言葉を撤回するように、紫煙をくゆらせながら背後に言う。

「帰るぞ。てめぇみたいなの一人で放っといたら、また変な虫が寄ってくるしな」

置いてけぼりになった和葉はその背を見つめて一瞬やんわりと口角を上げた。

ゆっくりと遠ざかる土方に追いつくと、和葉は彼の斜め後ろを歩きながら、からかうように言う。

「変な虫って、自分の事言ってんですか?」

「ちげーよ、バカ」

「素直に“可愛い”と言えないバカ(土方)にバカとか言われたくないんですけど」

「んだとコラ。素直に礼も言えねぇ自惚れバカ(和葉)に言われたくないわ」

砂を蹴る足を止めて、和葉は土方に言う。

「…スイカ割りでもしましょうか」

「…上等だコラ」

肩越しに振り返ったその整った顔が引きつるのを見て、和葉はニヤリと笑った。

二人の間に散る激しい火花とは裏腹に、打ち引く波はどこまでも穏やかで、ふわりと潮の香りを運ぶ。

――上等じゃねぇか。その足で俺に勝てると思ってんのかバカ。

――バカにすんじゃねーよ。バカ。土方バカ。海に沈めてやりますよ。バカ。

竹棒片手に浜辺に向かう二人を、面白がってじっと見つめる者達がいたことは、当の本人たちは知る由もない。

「なんか…なにげ仲良くね?」

とある隊士のその呟きは、虚しくも、波の音にかき消された。



つづく
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