special gift

□こいひろう
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傷つくなら、やめろよ。
いちいち泣くな。
俺に言うなよ、そんなこと。



こいひろう




「土方さん……。」




その声はすでに涙声だった。
嫌な予感しかしねぇ。
振り向くのも嫌だったが、振り向く。




「……お前……。」




涙がこぼれそうな目を必死に大きくして、俺を見ていた。




「いい加減にしろよ。」




そう言っても聞かない。




「近藤さんが、志村さんにフラれても、同じことが言えますか?」




震える声は情けねぇのに、言っていることは一丁前だった。




「ここで話は聞けねぇ。俺だって、暇じゃねぇんだよ。」




この女の恋愛相談を受けるようになって、俺は甘くなった気がする。
携帯の時計を見たら、定時を過ぎていた。

こいつ、終業時間終わるの見計らって来たんじゃねぇか……。泣いてんのに強かな女にため息がでる。




「暇、つくってください。今、すぐ。」




「どうせ、同じことの繰り返しだろう?まったく進展しねぇ。」




文句を言いながら、とうとう泣き出したそいつの腕を掴む。
子供のように泣いて、俺について来るがそんなやつを連れて歩いている俺のほうが泣きたい。

自分の部屋へ彼女を通し、襖を閉める。
まるで自分の部屋のように、彼女は座布団を押入れから出すとちゃっかり座った。




「好きな人が、結婚するそうです……。」




「……急展開だな。」




「本当ですよ。わたしもついていけません。土方さん、言いましたよね?そんなに好きなら奪えって。」




「奪って、お前が幸せになるならな。泥棒猫みてぇな過去を背負ったままでも平気なら。」




「奪おうと思いましたが、奪えませんよー。彼の結婚相手、金持ちのお嬢様なんです。わたしに、彼女以上のスキルがあるようには思えない。」




毎回、ギャンギャンわめくのをずっと見ていた。
胡坐をかいた、その膝に頬杖をついて泣いたり怒ったりする彼女を見る。

ここまで、表情を変えるほどそんなに魅力のある男なのだろうか。

感情を揺さぶられるほどの恋愛なのだろうか。

俺には全く分からねぇ。
感情も表情も波のように激しくして疲れねぇもんなのか?




「好きって気持ちは、負けないのに……。」




最後にそう呟いて、さめざめと泣いた。




「そのままを言えばいいだろう。お前は、涙の無駄遣いをしている。」




「へ?」




「好きでもねぇ、男の前でもギャンギャン泣く。女の涙は武器かもしれねぇが、本命の野郎以外に見せて、価値がどんどん下がっているようにしか思えないぜ、俺は。」




泣くほどいい男なのか?お前の気持ちも気づかねぇで、他の女と結婚する。お前が傷ついて泣いていることも知らねぇで、お前の目の前にのこのこ現れる。
そんな男のどこがいいんだ?




「泣いてすがってみろ。俺にしているみたいに。気持ちは誰にも負けないと言ってみろ。俺に言ったみたいに。
告白もしねぇで、毎回毎回、あーだこーだ喚いたって、何も変わらねぇじゃねぇか。
自分で、もう少し自分の道を切り開けよ。」




「土方さん。ひどい……。」




正論を言ったつもりだ。けれど女は泣く。

そうじゃない。ただ慰めてほしいだけなのだと言って悲しそうに泣いた。

ため息がまた出る。




「世の中に男は……。」




「世の中に男はごまんといるんでしょ?知ってます。それでも、わたしの世界には彼一人しかいない。」




恋する女の一言は、強烈だった。

むしろ、その一言に俺は嫉妬さえした。

彼女の世界に男はそいつしかいねぇと言う。屯所には野郎が溢れているのに、彼女にはたった一人しか見えていないのだ。
俺は、その男が羨ましいのかもしれない。

一人の女に、直接ではないが、泣くまで想われ、怒るほど嫉妬をされる。
俺はそこまで女性に思われたことがあるのだろうか。




「おい、行くぞ。」




「えー、どこに?」




目をごしごしこすって、面倒そうに俺を見る。
目元が真っ赤になって、まるでうさぎみたいだ。




「そいつの所に。」




「嫌ですよ。」




「ちゃんと、告白しろ。俺が、お前の骨を拾ってやる。」




「玉砕しろってことですか!?」




玉砕したら、今度は俺を見ろ。

俺はお前のような面倒な女に、好かれてみたい。

面倒で、女の汚い部分ばかりを俺にぶちまけてきたお前が俺に恋する顔を見てみたいと思ったのだ。




「玉砕しねぇと、次に進めない。」




「次に進みたくない。彼をずっと覚えていたいのに。」




「進んでもらわねぇと困る。」




「いちいちうるさいからですか?面倒だからですか?進んだら進んだで、次の好きな人の相談ばっかりしてやりますよ。」




俺はこいつに男を恋人から奪えと言った。
こいつは、奪えるものなら奪ってみたいと言いつつ、結局告白できなかった。

奪うと大きく出た勇気。告白できなかった弱い部分。

俺は、かっこいいこいつも、かっこわるいこいつも全部知っている。

それでも彼女は、純粋に恋をしていた。俺の前で泣くことすら恥ずかしげもなく晒して。




「次は、俺を好きになれ。」




真剣な顔でそう言った。

真っ赤な目がますます丸く真っ赤に染まる。




「受け止めてくれる保証もないのに!?隊士の中でも一番人気のある、土方さんを好きになれって言うんですか?苦労するに決まってます。」




真剣に冗談だと思われた。




「土方さんを好きになったら、今度は誰に相談すればいいんですか?」




「俺に相談すればいいだろう。」




「そこまで、バカじゃないです。」




「受け止めてやるかもしれねぇのに?」




「うっそだぁ。」




そう言って、さっきまで泣いていた顔が笑った。




「土方さん。ありがとう。」




急に女らしく微笑む。




「少し、落ち着きました。それで、心も軽くなった。まだ、前に進めないし、彼のこと大好きだけど、さっきまでの悲しい気持ちは少しは昇華されたかも。」




「本当、面倒な女だ。」




「土方さんの言葉、嬉しかったし。」




お前は冗談だと思っているけどな。




「今度、恋するなら、土方さんみたいな人、好きになるね。」




みたいなじゃなく、俺を好きになれと言ったじゃねぇか。




「だから、また相談のってください。」




「……嫌だよ。面倒くせぇ。」




泣いた顔が笑っている。それを直視できなくて、目を逸らした。




「土方さんも、いつかわたしを好きなったら言ってください。相談にのりますよ。」




彼女は妖艶に笑った。

女は怖い。

泣いていたと思えば笑っていて、そして誘惑しようとする。




「どのツラ下げて、俺に好かれると思ってんだ?てめぇ。」




「ぶさいくな顔いっぱい晒したけど、土方さんは見捨てなかったから。」




今、彼女に好きだと言ったらどうなるのだろうか。

信じてもらえなくても、断られても、いつか彼女の世界には俺しかいない世界にしたい。

気づけば、俺の世界には彼女しかいなかった。



   

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