□幼き頃の事情
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【菊華視点】

出雲は誰よりも女形としての才能が抜きん出ていた。板の上で魅せるコトを先天的に理解していた。だから大人達は立ち役の家柄である國崎屋の彼を“十七代目”と呼び、任されるには早い主役級の役をあてた。

分岐点は、出雲と母様が家を出た日だ。

当時の自分が家に残ったのは父様があまりに哀れだったからである。しかし、思い返してみるともしかしたら直感的に感じたのかもしれない。このままでは國崎屋は潰れる、と。



「……はい。はい。」

父様が青色のトーンで電話をする。ここ最近は、そんな姿しかみていない。話の内容はわかりきっていて、“十七代目がいないなら共演はなしで。”というものだ。

「…………はぁ。」

重い溜息を吐く姿にかける言葉が見つからないとき、春一と秋彦に稽古に誘われる。そのタイミングに冬政さんが父様の方へ話しかける。小学校低学年の私にはまだ聞けない話をするのか。同世代の子達より圧倒的に多く空気を読まなくてはならない展開に遭遇する自分は察してしまう。

「菊華、舞台決まったんだってな。」
「がんばれよ〜。」

話を逸らすみたいにぐしゃぐしゃと春一に頭を撫でられ、秋彦がそれを直す。決まったと言っても、主役でもなんでもない役なのだが。

「うん。」

そうとしか答えようがなかった。
春一と秋彦は駆け出しで端役にすらつけない。
夏希さんと冬政さんも20、30代と、このセカイでは若手の位置。
父様は演技を許されない体になってしまった(本人は隠せれていると思っているのだろう)。
残るは、私だけなのだ。國崎屋の純血を引き、あの天才女形と称された十七代目の片割れ。その設定だけでどうにかお仕事は貰えている。そこから活かすも殺すも自分の力量次第。
のしかかるプレッシャーに独り部屋で肺が仕事を誤ったことはきっと誰も知らない。

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