□楽屋にご注意×禄
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ほんの気紛れで、菊華の舞台を観に来た。

すげぇ奴だな。

心の底でそう思える数少ない役者であることを再確認し、顔パスで裏の方へとまわる。
公演後の、ばたついてはいるもののどこか安心している空気を逆流に突き進み、彼女の楽屋を探す。

『あ。』

“國崎菊華”。
確かにそのプレートが掲げられた部屋のドアの前には彼女の双子の兄が立っていた。どこぞの番犬如く。

「来たんだな。」
「菊華にチケットもらったからな。」
「そっちじゃなくて楽屋の方に。」
「ま、挨拶くれえはしねえと。」

1歩ドアへ近づくと、すごい顔で睨まれた。やっぱり番犬だ。

「んだよ。」
「着替え中だから入んな。」

そういうことか。だったら早く言え。

「オレが来たこと言っといてくれ。じゃあ。」
「待て。」
「あぁ?」
「手、出せ。」
「なんでだ。」
「つべこべ言わず出せ。」

命令口調に苛立ちはしたが、素直に手を出してやるとチビが手のひらを叩いた。

「バトンタッチ。」
「は?」
「頼むぜ。」
「ちょっと待て!」
「菊華もおめぇのコト待ってたんだよ。」

そう雑に言うと、行くところがあるからと言ってとっとと去ってしまった。
ここから離れるわけにもいかず、ドア横の壁に背を預ける。
……あいつも、俺のコト……。顔に手をやり、緩みそうな頬を必死に隠す。

「出雲、もういいよ……」

待った感覚もなく彼女が出てきた。
俺の姿を見て目をぱちくりさせる。

「ぇ、あれ、」
「交代した。」
「……あぁ、そうなんですか。ありがとうございます。」

入ってくださいと誘導されるまま中へ入り、用意された座布団の上に座る。
彼女も正面に腰を降ろした。

「舞台お疲れ様。よかったぜ。」
「本当ですか?篠竹先輩に褒めてもらえるなんて光栄です。」
「……オレが来るって知ってたのか?」
「そりゃあチケット渡したの私なんですから。」
「いや、おめぇのとこの兄貴からお前がオレを待ってるって聞いてよ。」
「っ……!」

出雲め……とここにいない人間へ恨めいた顔をする彼女。
どうなんだ、と距離を詰めて彼女の頭を手で挟んで固定し視線を合わせる。

「……舞台から見えたんです。」
「よく気づいたな。」
「髪の色が目立ってたので。」

この橙色か。
確かに地味なじいさんばあさんの中にいたら分かりやすいかもな。

「それに、」
「?」
「好きな人くらい、すぐに見つけれます。」

恥ずかしいのを隠すために唇を尖らせて目線を外す彼女。
きゅん、と鳩尾の奥が締め付けられその小さな身体を腕の中に収めた。
まだ少しする白粉の香りが鼻をくすぐる。

「……。」

勢いで抱きついてしまったがそれからのことを考えていなかった。離したくないけど、話すことは思い浮かばない。
彼女の手がオレの背中にまわって迷いながら力が入った。それだけで無性に胸を熱くさせる。

「……そろそろ挨拶に行かないと。」

狂った体内時計を修理する言葉をかけられ、ゆっくりと身を離す。噛み付きたい白いモチ肌が淡いピンク色に染まっていた。

「……そうか。」
「わざわざ来てくださってありがとうございます。」
「別に。オレが会いたかっただけだ。」

言うと、ピンクが赤になった。
そんなに変なこと言ったか?思いつつ、熱を持った肌を唇で一度だけ味わう。

「真っ赤だ。」
「〜……先輩のせいですよ。」

舞台上の“彼”はどこへやら。
目の前の“彼女”に愛しさが溢れた。




おまけ

「はい、しゅーりょー。」
「っ出雲!?」
「さっさと離れろ。はいはいお触り禁止です。」
(……番犬だな。)
 

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