□はじめましてx松樹
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「よろしくね、松樹!」
「うるさい。」

それが、俺と菊華のはじめましてだった。



入学式が終わり、なんのひねりもない出席番号順の席に座ると同時に周りの生徒が俺を囲んでは話しかける。
新入生代表の挨拶を引き受けたのが間違いだったか。
小さくため息をつき、お前達には関係ない。そう一言話し本を読み始めると、だんだん人は離れていく。
それでいい。俺は、誰とも仲良くする気はない。一人で静かにいられれば、それでいい。

……の、はずだったのに

「ねえ。」

透き通る声。
自然と視線が声の主の方へ動いた。
綺麗な翡翠色の瞳が俺をじっと見ている。

「菅原屋の菅原松樹だよね?」
「……そうだが。」

“菅原屋”。
改めて言われる名に引っかかりながら返事をする。

「あったりー。」
「何がいいたいんだ。兄貴についてなら何も言うことはないぞ。」
「私も歌舞伎役者なんだよ。嬉しいなあ、同じクラスに一緒の職の人がいて。」

人の話を聞け。
そう言いたがったが、“私も”というところの方が気になった。

「お前もなのか?」
「うん。國崎屋の“國崎菊華”……っていっても分かんないよね。」
「國崎菊華……っ。」

彼の名前に思わず動揺を隠しきれない。

國崎菊華。
一年ほどまえから急激に飛躍している若手役者。
一度だけ、彼の舞台を観た事がある。
ただただ“すごい”の一言しか言いようがなかった。

そんな役者が、今、確かに、俺の前にいる。
舞台の上では想像できない屈託のない笑みを浮かべて。

「……知っているが。」
「そうなの!?嬉しいなあ。そういうことより、よろしくね、松樹!」
「うるさい。俺と仲良くすることで、家の名を売ろうという魂胆だろ?見え透いている。」
「そんなつもりは全くないよ?」

前の席の椅子をひき、後ろ向きで座る。

「お隣さんとはちょっと違うけど、前後ろ同士よろしくしよう!」
「しない。」
「で、何の本読んでるの?」
「……。」

こいつは本当に人の話を無視する。
俺が持っていた本のタイトルを目で追った。
どうせ見ても分からないだろう。

「ベストセラーのやつだ。」
「……。」
「この人の訳もいいけど、……さんのが好きだな。オリジナル尊重してくれてて。まぁ一番面白いのは原作だけど。」
「……原作読んだのか?」
「うん。」

かなり癖の強い英文のために断念したとの評価が多いこの作品は、自分でも多少苦戦した。
それを、こんなヤツが読んでしかも面白いだなんて……、

「今、失礼なこと考えたでしょ?」
「別に……。」
「いいけど。
私、一時期図書館に通いつめてたんだ。そのときに有名どころの本は全部読んだの。」

えへん、と胸を張る。

「どうでもいい。さっき言った通り、俺は誰とも仲良くする気はない。」
「私にはある。て、ことで明日から昼飯を共にしよう。これ決定事項。」
「なっ……、」

すると担任が入ってきて、強制的に話は遮られた。

……なんなんだ。



「そしたら父様がさ、」

翌日から、本当に一緒に食べることになった。
といっても、國崎がこちらを向いて一方的に話しているだけなのだが。

「國崎、」
「それ禁止。」
「はあ?」
「“國崎”って呼ぶの禁止。
私は“松樹”って呼んでるんだから松樹も“菊華”って呼んでよ。」

お前が勝手に呼んでるんだろ。
反論したかったが、純粋すぎる瞳を向けられるとどうにも上手く言えなくなる。

「考えておく。」
「日本人の“考えておく”は“NO”と同じ。」
「……。」


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