FF短編(変換なし)

□1.甘い背中
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「ねぇ、ケット」



ケット・シーは答えない。



「ケットのご主人様は何時になったら帰ってくるのかな」




ケット・シーは答えない。
聞いてはいるが、答える気配はない。
それはそのはず。
ただのぬいぐるみだもの。




「今日で3週間ですよ、っと」




職場の先輩の口癖がうつった。
時々出てしまう。
ケット・シーはぬいぐるみ。



「いい加減、会いたいぞ・・・っと」




あの人が私にくれたぬいぐるみ。
抱きしめるのにはちょうどいいサイズのぬいぐるみ。




ソファに座ってケット・シーを背中から抱きしめる。
ふかふかのケット・シーは抱きしめるとなんだか安心する。
でも、抱きしめたいんじゃなくて、抱きしめられたい。




「ケットは知らないかな・・・?」





抱きしめる腕に力がこもる。
ケット・シーの頭に顔をうずめる。

アクリルとレーヨン素材交じり素材のケット・シーのボディはふわふわで、ちょっとチクチクする。


ザリザリと音が鳴るくらいケット・シーの頭に顔をうずめて首を動かした。

あの人の頭だったら、髪がちょっと硬くて痛くなるし、髭だったら相当痛い。
でも今はその痛みすら愛しい思いでとして思い出せる。




「ケット」
『・・・』
「寂しい」
『・・・』
「会いたい」
『・・・』





「会いたいよ・・・・・・・・」






ケット・シーは、答えない。
ただのぬいぐるみだから。
あの人が私にくれた、ただの




ぬいぐるみだから。




「あい・・・たい」













頭が少し濡れた気がした。
会いたい、そう呟きながら『僕』の身体をぎゅっと、痛いほど抱きしめる愛しい人。

私だって会いたい。
会って、抱きしめて、たくさんキスをして、会えなかった分だけ彼女のことが欲しい。




「・・・」




『僕』には命が宿ってる。
でも『僕』は答えない。
答えてはいけない。


私が傍にいてあげられない時に彼女のことをまもれるように、私は『僕』に命を吹き込んだ。



『僕』が答えていい時は彼女が眠って、『僕』がぬいぐるみが、命があるってことがわからない時だけ。



『僕』は答えてはいけない。
『僕』に命が宿っていると知られてはいけない。
『僕』がしゃべれるって知られてはいけない。
『僕』が動けるって知られてはいけない。



『僕』に『僕だけの心がある』って、私にも知られてはいけない。





『僕』の心は彼女に言ってあげたい。そう叫んでいる。


もうすぐだよ。


そういいたくてたまらない。






「っ、・・・ぅ・・・っく、リーブさん・・・っ、会いたい・・・会いたいよ・・・」





本当に欲しいのは『僕』じゃない。




泣かないで。
もうすぐ、帰ってくるから。















「遅く、なりました」





「・・・」





「寝ちゃいましたか」



『さっきまで起きてはったんやけど』
「そのようですね」


『遅すぎるで』
「ええ・・・」




『僕』の状況は知れたはずやけど、『僕』の状況を把握できないほど忙しかった、そういうこと。




起こさないように傍に近づいて、横顔を見た。




「泣いて、いらしたんですね」
『せやで。聞いてたんでしょ?
ほっといて、ガハハとキャハハにかまってるからや』

「構いたくて構ってたわけじゃありません。ケットもそれは解っているでしょう」


ちょっとムッとした声で反論してきた。でも『僕』は私じゃない。
私は『僕』かもしらんけど。



『僕からはリーブはんの全部わからへんからなんとも言えまへん』
「そうかもしれませんが・・・」




『僕』はガッチリ抱きしめられてて動けないから、私がどんな顔をしながら彼女の横顔を見ているかは解らない。



『ここで寝てたら風邪ひいてまう』
「そうですね」



そういって愛しい彼女を『僕』ごと抱き上げる。
ゆっくり起こさないように寝室のドアを開けてベットに寝かせる。
彼女は目を覚まさない。




「ごめんなさい、遅くなってしまって。本当に・・・」
『・・・』



愛しそうに彼女の髪を撫でる。
起きる気配はない。
髪を数回撫でて一旦ベットを離れた。
静かに、起こさないように着替えているようだった。





なんだか気恥ずかしくなって『僕』は『僕』の心をシャットダウンした。





朝。
シャットダウンした『僕』が目を覚ますと、『僕』はソファに座っていた。
TVの音が聞こえていて、会話は聞こえない。




「けーっと」




どうやら私はまた会社に行ってるようだ。




「ケットのご主人様は、また会社に行きましたよ」
『・・・』



『僕』は答えてはいけない。
『僕』に命が宿っていると知られてはいけない。
『僕』がしゃべれるって知られてはいけない。
『僕』が動けるって知られてはいけない。






「ねぇ、ケット」


























「私が起きてないと思ってた?」



『僕』は答えてはいけない。
『僕』に命が宿っていると知られてはいけない。
『僕』がしゃべれるって知られてはいけない。
『僕』が動けるって知られてはいけない。




知られては、いけな―――――






「『え?!』」










不機嫌そうな顔でプレジデントが私をにらみつけた。
葉巻をふかせて、


「リーブ君、何か問題でもあったかね」


「い、いえ。なんでもありません。プレジデント。す、すみません・・・」



今は重役会議。
プレジデントが話している途中で、「え?!」と言われので不機嫌そうに話を止めたのだった。

脈略のない「え?!」だったので全員が「はぁ??」という顔で私を見ている。
すみません、すみません。と謝って、プレジデントが不機嫌な顔をしながら話を続けた。





彼女の発言に思わず私も、ケット・シーも声を漏らしてしまったのだ。



重役会議中に声を漏らしてしまったことは彼女には伝わっていない。
会議の内容が頭に入ってこない。
今は会議より彼女の発言を聞くことを優先してケット・シーとのリンクを強める。




「いくら疲れてても、寝落ちしちゃってても。
私が誰かが部屋に入ってきて。
会話もしてて。
抱っこもしてもらって、起きないわけないだろ、っと」





「『・・・』」



「ケット、ううん。リーブさん」



「『・・・』」




「タークス、なめるなよ。っと」




そういって彼女は『僕』を背中からぎゅっと抱きしめた。
『僕』は動かない、ように頑張ったつもりだった。


『僕』は話してはいけない。
『僕』は動いてはいけない。



でも



私が許可したら、『僕』は動いたっていい。全部が全部私が『僕』を動かしているわけじゃない。
『僕』の発言の全部が私に伝わっているわけじゃない。






今はリンク強まっているけど。





『あの、』
「なーに?」
『リーブはんが帰ってきたら、ちゃんと話すんで』
「うん」
『怒らんといたってほしいんやけど』

「それはリーブさんの言葉?
それともケットの気持ち?」




『どっちも、かな・・・?』




ふふっ、と小さく笑って彼女は言った。





「今日早く帰ってきてくれたら、ちゃんと聞いてあげる。
後、ケットがお話してくれたら、もっとちゃんと聞いてあげる」





『『僕』でええの?』
「ケットは僕っていうんだ。
そうだよ、『僕』がいいんだよ」





「早く帰ります。会議が終わったらすぐにでも」
『そういうてます』
「うん、待ってる、そう伝えてくれる?」
『りょーかい』



伝えるまでもなく、聞こえているけど。『僕』の言葉にまた小さく笑って『僕』をぎゅっと抱きしめた。





1.甘い背中





お題提供:確かに恋だった

恋はナンセンス7題


拍手ありがとうございました!

ガバガバ設定ですが、リーブはケット・シーを動かすことも出来るし、ケット・シーを喋らせる事もできるけど、ケット・シー自体にも心があって、勝手に動くことも出来る。AUTO機能的な・・・?
インスパイアはふわっとしてるので、ふわっと解釈してふわっとさせました。
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