FF短編

□After_Hair/R
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私の家に行こうとしたが、名無しさんさんの家に帰った。
あまり綺麗じゃないから嫌だ、と言いつつも今日は汚れているし、私の家を汚すのが嫌だ、と言うことらしい。


気にしませんけど。と言うけれど自分が嫌だ。と言うので言う事を聞くことにした。

本当に気にしないのに。




車に乗ったあたりでそれなりに名無しさんさんも身体は動くようになったけれどまだ少し具合が悪そうにしている。






名無しさんさんの家について、名無しさんさんは真っ先に薬箱を開ける。



「万能薬、万能薬・・・」
「名無しさんさん、服はクリーニングでいいんですか?」
「んーん。家で洗濯するからそこ等へんに置いといて」



スーツはクリーニングに出すのが常識だと思っていたが、名無しさんさんは時々自分で洗って、綺麗に形を整えている。
私は自分では家のことはまともに出来ないのですごいことだと思う。


今日のスーツは確かにクリーニングにだしたら嫌な顔はされそうだし、あまりお勧めは出来ない。
新しいのを今度買いに行こう。




「あったあった」




名無しさんさんがそう言って万能薬を見つけて一つ飲む。
痺れがどうも抜けない、と車の中でぼやいていたからこれで症状が治まるといいが・・・。
万能薬は不味かったのだろうか。眉間に皺を寄せてなにやら唸っている。





「大丈夫ですか?」
「うん、これで大丈夫」



うーんと、背伸びをした名無しさんさんをみてほっと一息。
スーツを脱ごうとしていたのでその手伝いをすべく名無しさんさんのスーツに触れる。



「ありがとう」
「どういたしまして」



スーツのジャケットを脱いだところで、細い肩が目に入る。
シャツ姿の名無しさんさんを見ると先ほど調査課のオフィスで見た姿が頭をよぎった。
あの時はあれ以上何も出来なかったが、今なら。


無意識的に後ろから名無しさんさんを抱きしめていた。
柔らかい身体は服越しでもわかった。でもやはり彼女もタークスなんだと認識させられる。
細いけれど、女性特有の柔らかい身体付をしているけど、腕にはしなやかな筋肉がついているのが解る。




「リーブさん?」



はっとして彼女の身体を抱きすくめる。少し土の香り、硝煙の香り。


そして、鉄っぽいにおい。


今日の事だって多分血なまぐさい仕事だったのだろう。
名無しさんさんもルード君たちもなんでもない顔をしているけれどタークスは汚れ仕事が多い。
よく思わないことも、思われないことも多いだろう。

私がもっとうまく事を進められれば名無しさんさんたちが出向く必要のない仕事も多いだろう・・・。





申し訳ない気持ちになって、でもその顔を見たら名無しさんさんはきっといい顔をしない。
だから見られないように名無しさんさんの肩に顔を伏せた。
名無しさんさんは「どうしたの?」と頬を寄せて、抱きしめている私の手を優しく触れた。


何もいえなくて、でももしこの顔を見られても大丈夫なような言葉を言う。




「もう、痛いところとかありませんか?」
「ないですよ、擦り傷とかはあったけどルードが治してくれましたし」



私が怪我した事を心配して、暗くなっていると思ってくれたらいい。
もちろん心配しているし、出来ることならタークスもやめて欲しい。
危ない仕事なんかしなくても、私が・・・。



でもきっとそう言うと名無しさんさんは悲しい顔をするから、それはまだ言えない。




「よかった」




なんとか搾り出すように声を発した。
名無しさんさんは小さく笑って、触れていた手を片方外す。




「でも」
「でも?」




もしかして何かまだあるのか、心配で顔をあげると名無しさんさんは自身の髪を私の顔とは反対側からとって見せる。



「これ、最悪」



毛先がバサバサで、途中が焼けたようになっているところや、折れ曲がっていたり、全体的にウェーブになっているような。
少し身体を離してもう片方を見ると、背中より下あたり全体的にぐしゃぐしゃになっていた。




「・・・名無しさんさん大事にしてたのに・・・」



名無しさんさんは髪はいつもとても綺麗だった。いつ見ても綺麗で、ツヤツヤしていて。
触れるとしっとりしていて、撫でるととてもさわり心地がいい。
し、名無しさんさんも嬉しそうにしてくれる。


さっきオフィスでは気付かなかったが大事にしていた名無しさんさんの長い髪。
正直見るに耐えないぐらいグシャグシャになっていた。


手に取るとザラザラした感触、ちょっと握るとぐしゃっっと音が鳴る。




「魔法と、その、ぐちゃってなっちゃって」



その声は小さかった。
毎日時間をかけて綺麗に整えていたものが、こんな風になったら




「辛かったでしょう」




辛い、が正しい言葉なのかは解らないけど。
もし私が逆の立場だったら落胆の色は隠せない。





「・・・まぁ伸びすぎだったし、いい機会なので切っちゃいます」




無事なところあたりまで切るとして、胸の下、くらい。かな。
と無邪気に言いながら胸の上あたりで髪を握ってみせる。
ぐしゃぐしゃな所から無事なところの境目はもう少し下だけど、整えると言う意味合いでは胸の上あたりが正解かもしれない。
でも、腰まで届くほどの綺麗な髪を



「そんなに切っちゃうんですか?」
「駄目ですか?似合わない?」



くるりと腕の中で反転して、胸の辺りで髪を一房ずつ握る。
この辺にするの、とわかるように。
その姿が可愛らしくて思わずはにかむ。
きっと名無しさんさんならどんな髪型でも可愛いし綺麗だ。




「名無しさんさんならショートでもとても可愛いですよ」
「・・・お世辞はいいよ」



頬を小さく膨らませて、髪を握ったままそっぽを向かれた。
その姿がまた可愛くて思わず笑った。





「お世辞じゃないんですけどね」





そっぽを向いてはいるが、名無しさんさんも嬉しそうな顔しながら髪を見てショートもいいのかな、とても楽そうだし、軽くてよさそう!と髪の位置を手で決めている。
耳の下あたり、肩に付く位。
色々視差して、最終的に名無しさんさんの手は胸の下あたりに落ち着いた。




「うん、ショートはまた今度にする。
今日はこの辺まで切っちゃう」






「え」
「え?」



”今日はこの辺まで切っちゃう”
名無しさんさんはそう言った。
美容院で切ってくる、じゃなく。




「自分で切るんですか・・・?」
「うん。こんなグシャグシャで美容院なんかいったら、何をどうしてそうなったんだろうって、根掘り葉掘り聞かれそうだし、今から美容院いけないし。明日も仕事だし」




確かに今はもう18時を過ぎている。
予約なしに飛び込みでこの時間に言っても断られるだろうし、この惨状を見て温情でやってくれる人もいるかもしれないが、美容師もこの客は問題がある、と思うかもしれない。
名無しさんさんの言うこともわからなくはないが・・・。



「・・・すいたりしないし、ただ、この辺まで切るだけだけど・・・」



髪を握ったまま首を傾げる。
なんて言うのか。





そう。






あざとい。だ。






可愛い彼女が首をかしげながら可愛い顔して、可愛い声でお伺いを立ててきて、駄目といえる男が一体何人いるのだろうか。




多分本人は無自覚なのだろうけど。





「・・・」
「髪がある程度長い人って毛先そろえるぐらいなら自分でやる人もいるよ。そりゃ美容師さんに自分でやると怒られるけど・・・」





ハサミがちゃんとしてないと駄目みたい。と言いながら髪を握ったまま私に視線を合わせるように少し上を向いて。
困ったような顔をしながら待つものだから回していた手に力がはいって顔を寄せた。




「へ」
「名無しさんさんが悪い」




触れるだけのキスをして、唇を離すと頬が赤くなって俯く。
やっぱりあざとい。無自覚だからたちが悪い。





「名無しさんさんがいいならいいんですよ。ただ、女性が髪を自分で切るものだとはあまり知らなかったので驚いただけです」
「あ、うん・・・」





指で髪をくるくる巻きつけて遊びながら目を泳がせる。
いたたまれなくなったようで、腕から抜け出してハサミを探すべく道具箱が置いてあるアルミラックまで行ってしまった。
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