SS(本)

□蒼葉をペットにする(R18)
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初めて蒼葉を近くに感じた夜、喜びと安堵に緩んだウイルスとトリップの眠りはいつもより深いものだった。
まさしく、蒼葉の思惑通りに。
ここに縛り付けるみたいにしっかりと絡み付いてくるそんな二人の腕を、蒼葉は時間をかけてゆっくりと外した。
気付かれることがないように、それは慎重に。
視界の端に、いつもはしっかりと鍵の掛けられている部屋の扉が半開きになっているのが見えて、早く早くと蒼葉の心が焦った。
拘束具も、今日は何も施されていない。
何の確認せずにそのまま寝てしまうなんて、今までの二人からしたら本当に有得ぬことだった。
廊下から差し込む眩しい光に、こっちだよと手招きされているように感じる。
蒼葉の求める自由は、きっとそこにあるに違いないと思った。

(やった…!)

二人の腕が外れて、二人がまだ深く寝息を立てているのを確認して。
蒼葉は歓喜に涙が出そうだった。
やっとだ。やっとここから逃げれる。こいつらから解放される。
この、地獄みたいな檻の中から。

(とにかく外っ!こいつらから離れないと!)

蒼葉の心にはそれだけだった。
攫われてここに囚われた時から、ずっと。
ウイルスは身も心もすぐに慣れるなんて言ったけれど、慣れることなんてなかった。
いや、体は自分でもわかる程に慣れて落ちてしまったけれど、心はやっぱりいつまで経っても慣れなかった。
二人に慣れない様に、必死に堪え頑張ってきたから。

(それにしても、こいつら簡単に騙されやがって)

まさかあんなに喜ばれるとは思っていなくて、あの時の二人の顔を思い出すと胸が痛む気配がする。
けれど蒼葉はそれを忘れるように頭を振った。
今まで自分がされてきたことを思い出せば、二人に罪悪感など持つ必要などないと思った。
これは、二人から逃れるために蒼葉が思いついた最後の手段だ。
二人が望むものを一度受け入れて、生まれる変化の隙間を突く。
本当にこんなに上手く行くとは思っていなかったけれど。

(早く、早く…っ!)

焦る心を抑えて、丁寧にベッドを降りる。近くに置いてあったバスタオルを適当に体に巻き、蒼葉は静かに走り出した。
とりあえず、この部屋を出ればどうにかなる気がしていた。
時間が止まってしまっているみたいな、世界から隔離されてるみたいな、この部屋から抜け出せれば。
自由への光が、もう目の前に迫っている。
希望へ高鳴る蒼葉の足が、この遮断された空間を飛び出した瞬間。

「いっ!?」

脚に走った激痛。
立っていられないほどのそれに、蒼葉は逃げるどころか床に転がり、動けなくなった。
そんな蒼葉の足にすぐ、足元から何かが絡み付いてくる。
それがウイルスのオールメイトの蛇などだと気が付いた時に、蒼葉は絶望とともに理解した。
ああ、失敗したのだと。こんなにも早く。

「……酷いなぁ、蒼葉さん」
「っ!!」

ビクン、と蒼葉の体が大きく震えた。
聞き慣れた声と、少しずつ迫ってくる足音。ふたつ。
ドクドクと鼓動が爆発しそうな程音を立て、苦しくなる位に呼吸が乱れる。
それなのに、下がっていく体温。

「ねぇ、あの言葉。もしかして嘘だったんですか?」
「嘘なわけねーよな?蒼葉」

泳ぐ視界に入り込んでくる、二人分の足。
感情の読めない声を上から浴びせられる。
それは聞き慣れているはずなのに、初めて聞いたみたいだった。
このまま視線を上げて彼らの顔を見る勇気は、今の蒼葉にはない。

「それから一応教えといてあげますけど、蒼葉さんの体には攫ったあの夜にGPS付きのマイクロチップを埋めてあるんです。この部屋を出ようとすると痛覚を刺激するオマケ付で。だから、俺達から逃げるなんてもうどうしたって無理なんですよ」
「どこに逃げたってバレちゃうよ。残念だったね、蒼葉」
「っ、」

初めて聞かされた事実に、息が止まるかと思った。
最初から体内に埋め込まれているとか、為す術もないじゃないか。
絶対に二人から逃げきれないという事実をこんなにもあっさり宣告されて、受け止めきれない。

「で、どうなんですか蒼葉さん」
「嘘じゃないよな?蒼葉」
「…っ」

未だに真顔でそんなことを言ってくる二人に、蒼葉の苛立ちが煽られる。
こんな酷い絶望を見せておいて、こいつらは今更何を言っているんだろう。
誰が見たって一目瞭然じゃないか。
俺が、お前らを好きな訳がないじゃないか。
ぐっと強く、蒼葉が拳を作って握り締める。

「…わけ、…だ…ろ…」

唇は震えていた。
抑えきれない苛立ちに。

「お前らなんかっ、好きなわけねぇだろっ!!」

蒼葉は叫んだ。涙の滲む目で、二人を見上げながら。声は怒りに掠れていた。

「そうですか」
「ふーん」

けれど、蒼葉の怒りがそれ以上持続することはなかった。
静かに、見下ろされている。
感情のない、ただ仄暗く冷え冷えとした4つの瞳に。
睨まれている訳じゃない。ただその瞳に見下ろされているだけなのに。
背筋が嫌な風にゾクゾクして、息が詰まってそれ以上何も出てこなかった。

「ねぇ、俺達にどんな酷いことしたのか理解してます?蒼葉さん」
「蒼葉、サイテー」
「な…っ」

どうして、そんなことを言われなければいけないのか。酷いことを散々されてきたのは、自分の方なのに。
あまりに理不尽な言い草に、蒼葉が呆然と二人を見つめる。

「今まで結構、蒼葉さんに関しては色々目を瞑ってきたつもりだったんですけど…今回ばかりは許せないですね」
「俺たちの気持ち利用して裏切って…酷くね?」

違う。先に裏切ったのはどう考えたってお前らの方だろう。
許せないのは、俺の方だろう。
殴って攫って今まで散々自分をいい様にしてきた奴らに、どうしてこんなことを言われているのか。
忘れていた怒りが込み上げてきて、また蒼葉の唇が戦慄く。

「ふざけんなよっ!勝手なこと言うなっ!お前らっ……」

しかし、やっぱり蒼葉の言葉は途中で遮断されてしまう。
見下ろすだけだった瞳が鋭く細められて。今度は4つの瞳に、睨みつけられていた。
それに圧倒的な威圧感が混じって、降ってくる。
あの時と同じだった。タワーの中で裏切られた時と。
鮮明に思い出される恐怖に、蒼葉の体がブルブルと震えだしてしまう。
未だに忘れることが出来ない。あの時の恐怖を。

「は…っ」

ただ静かに睨まれているだけなのに、腰が抜けてしまったみたいに体に力が入らなかった。
自分の乱れた呼吸音だけが聞こえて、項を冷たいものが流れていくだけ。

「俺達に謝ってください、蒼葉さん」
「謝れよ、蒼葉」

二つの声が重なって蒼葉に降りてくる。

「…な、んでっ、俺が…っ!」
「謝るなら、許してあげてもいいって言ってるんですよ」
「多分ね」

恐怖に打ち勝つように必死に振り絞った声は、裏返って震えてしまっていた。
けれどどうしても理不尽すぎて、納得できない。
唇を噛んで握りしめた拳を震わせ見上げてくる蒼葉を、二人はそのまま黙って見下ろす。
酷く長く感じた沈黙の後、ウイルスがいつもの様な穏やかな笑みを作った。
レンズの奥、笑っていない瞳のまま。

「フフ、立場がわかってないんですかね」

トリップ。とウイルスが低い声で呼ぶ。
それにああ、と反応したトリップが一旦部屋の奥に戻り、すぐに戻ってくる。
その手に掴んでいたものを、蒼葉の足元へ転がした。
それを見た蒼葉の瞳が、限界まで見開かれる。

「蓮…っ!」

トリップが蒼葉の足元へ転がしたもの。青い塊。
見間違える訳もない。それは久しぶりに見た愛おしいオールメイトの姿だった。
すぐに蒼葉がそれを抱きしめようとするが、それは叶わない。

「が、ぁ…っ!!」

ウイルスに思い切り後ろ髪を掴まれて引き上げられて。その痛みに顔を歪めて叫ぶことしか、蒼葉には出来なかった。

「ねぇ蒼葉さん、俺達偉いでしょう?蒼葉さんの宝物、こうしてちゃんと保管してたんですよ?」
「嬉しい?なぁ、褒めてよ蒼葉」
「あっ、あ…っ!」

頭皮ごと剥がすつもりなんじゃないかと思う程の力で引かれて、蒼葉はただ激痛に表情を引き攣らせた。
生理的な涙で揺らぐ視界に、蓮が映る。
懐かしさと安堵感と不安と嫌な予感が混じって、必死に蓮に手を伸ばすけれどやっぱりそれが届くことはない。

「なーあおばー。オールメイトって、どれ位の力で踏んだら壊れちゃうと思う?」
「っ!!」

無表情のままそう言って、トリップの足が蒼葉の目の前で蓮を踏みつけた。
ゆっくりと体重の掛けられていく足。みしみしと、嫌な音が聞こえる気がした。
蒼葉の顔色がさぁっと青褪める。鼓動がドクドクと激しく鳴って全身に警告音を鳴らした。

「ねぇ、どれ位もつと思います?蒼葉さん」
「やっ、やめっ…やめろっ!!」

耳元で、ウイルスが笑い混じりに言う。蒼葉の髪を掴んだまま。
蓮へ伸ばしていた指まで、ウイルスに握られて絡めとられてしまう。
この間にも目の前で踏み潰されていく蓮の姿に、蒼葉は無我夢中で叫んだ。

「やめろっ!やめてくれっ!!頼むからっ!蓮!蓮っ!!」

こんなに近くにいるのに、蓮がひどく遠い所にいるみたいだった。
溜まっていた涙がぼろぼろと頬を滑り落ちていくのを感じながら、蒼葉は必死に叫んだ。
それしか出来なかったから。

「じゃあ早く謝ってよ、蒼葉」

相変わらず無表情のまま、トリップがそれだけを言う。
それだけのためにわざわざ蓮を出してきてこんなことをするなんて。
許せないし、理解出来ない。
でも、今は蓮を助けることが蒼葉にとっての最重要事項だった。
トリップを一度睨むように見つめてから、蒼葉はすぐに唇を開いた。

「ごめん、謝るからっ。だから、だから蓮を…っ!」
「謝るなら、ちゃんと頭下げてちゃんとした言葉遣いじゃないといけませんよね?蒼葉さん」
「…っ!」

ウイルスが強く髪を掴んでいた指を外して、今度は優しく髪を撫でながら諭すみたいな口調で言う。
声は優しいものの、それが脅迫に近い命令であることは明白だった。
蓮は未だ、トリップの足の下だ。
蒼葉には、もう大人しく二人を満足させるしか道が残されていない。

「まさか、蒼葉さんにこんな風に頭を下げられる日がくるなんて思ってなかったな」
「ね。こういうの結構あるけど、蒼葉はまさかだよね」

さっきまでとはまるで別人のように、ウイルスとトリップの声はどこか弾んでいた。
近くのソファーに腰掛けたウイルスの足元で正座をするように座った蒼葉が、表情を歪ませ唇を噛みしめる。
トリップが後ろでコイルを起動させた音がした。きっとこれから蒼葉がすることを、きっちりと記録に収めるつもりなのだろう。
しかしどんな状況だって、逃げることは出来ない。
蒼葉はそのまま、血が出そうな程に唇を噛み締めて頭を下げた。
床に額が着いてしまう程、必死に下げた。

「ごめんなさい…。すみませんでした…っ、もう、しませんからっ…だから、だから蓮を助けて下さいっ!」

どうして自分がこんなことをしなくちゃいけないんだ。
悔しくてたまらなかった。
でも、仕方なかった。

「フフッ、裸で土下座とか情けないですね蒼葉さん」
「い…っ!」

下げたままの後頭部をウイルスの足に踏みつけられて、髪をぐちゃぐちゃに掻き回される。
髪を乱雑に扱われる痛みと自分が裸だったと今更思い出して覚える羞恥に耐えながら、それでも蒼葉は頭を下げ続けた。
どうしても、ここで許して貰わないといけない。

「うわー。蒼葉、ケツの穴まで丸見え」
「ちゃんと撮っといてやれよ?蒼葉さんだって後で自分がどんな酷い格好してたのか確認したいだろうしな」
「…っ」

自分が酷い格好をしていることを改めて確認させられて、蒼葉がかぁっと耳まで赤くなる。
そんな蒼葉を見下ろして、二人が満足げに笑った。
蒼葉の痴態に満足したのか謝罪に満足したのか、二人はすっかりいつもの陽の気配を取り戻していた。
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