SS(本)

□女装ウイトリと女性用下着な蒼葉
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「お前ら、可愛くないから嫌い」

ウイルスとトリップをキツク睨みつけて、蒼葉が言い放った。
そしてそう言ったきり、隠れるように頭からすっぽりとシーツを被ってベッドへ蹲ってしまう。
残されたウイルスとトリップは、静かに互いの顔を見合わせた。

「可愛くないな」
「可愛くないね」

お互いの顔を見つめたまま呟いて頷く。
蒼葉が自分達に言ったことは、確かに正論に違いないと思った。
今自分の正面にいるコレは、どう見ても可愛くはない。
しかし実際そうだと解ったところで、これから一体どうしたものか。
一度こうなってしまった蒼葉を宥めるのは、なかなか骨の折れる作業なのである。

「まさか、蒼葉さんのために用意したコレをこんな時に使うことになろうとはな…」
「無駄にいっぱい集めたのにね」

それから数分後、、二人はなんとも複雑な表情をして溜息を吐いていた。
クローゼットの中にしまってあった、大量のコスプレ衣装を眺めて。

「というか、女装すれば可愛いとかどんな理論なんだよ」
「でもま、何もしないよりはいいんじゃね?このままじゃ、蒼葉当分あのまんまだし」
「はぁ…」

確かに、前回は口を利いてもらえるようになるまで数日掛かった気がする。
それは、今蒼葉中心の生活をしている二人にとっては中々にしんどいことだ。
それを短縮するためにも、蒼葉の言う可愛いに近づく為にも、まぁとりあえずユーモアで濁すというか。
こういう変化球はありかもしれない。
なんて考えてみるも結局全く気乗りしないウイルスに、いつの間にか乗り気になっていたトリップが、クローゼットから一着の服をハンガーごと取り出して寄越してくる。

「ウイルスにはこれなんていいんじゃね?」

トリップがウイルスに寄越してきたのは、黒いスーツだった。
もちろん婦人用の、ミニスカートの黒スーツ。
眼鏡を掛けているウイルスが着ると、まるで女教師の様な。

「自分でも言うのも難だが、似合うな」
「でもあんま面白みねーよなー。あんまり変わってなくねえ?」
「確かに。可愛いかと問われると首傾げたくなるしな」

しかしこうして実際鏡の前で合わせてみると、意外と楽しいものである。女装。
自分の思う女教師スタイルを鏡の前で試していたウイルスだったが、いきなりぶふーっと豪快に噴出した。
隣のトリップが、真顔でフリルのたっぷり付いたフリフリミニスカートのメイド服を合わせていたのだから仕方ない。

「ん?今俺見て笑った?」
「他に何があるんだよ!おいやめろ、お前はもうちょっと自分のことを知るべきだトリップ」
「え?可愛くね?俺これ着たい」
「服自体は可愛いけど、それどう見たってお前のデカイ図体入らないだろ。お前にはそうだな…」

トリップが気に入ったらしいメイド服は腰の部分がリボンで編み上げてあり、どう見てもトリップの逞しい腰など入りそうもない。
そんなトリップにウイルスが探して差し出してきたのは、ピンク色のナース服だった。
メイド服よりも伸縮性のありそうな布地に、一応、スカート丈も長めである。
これならトリップの体も何とか収まるだろう。

「えーーー」
「何で不満そうなんだよ。定番だろ、ナースも」
「ヒラヒラが良かった」
「じゃあ解った。メイドは俺が着る」
「えーー意味わかんねーー」

けれど、無理に試着をして折角蒼葉のために用意した可愛いメイド服を亡き者にしてしまうのも忍びない。
しかしそう思ってもやっぱり不服そうに、トリップは渋々服を脱いで渡されたナース服に腕を通してみた。
早速ナース姿になったトリップを見て、またウイルスがぶふーっと豪快に噴出す。

「…失礼じゃね?」
「だ、だってお前っ…予想以上に、ピッチピチで…」
「仕方ねーじゃん、蒼葉サイズなんだから。むしろ着れたことがすごくね?」

ナース服を着たトリップが膝に両手を置いて腰をくねらせ、じゃーんとセクシーポーズをして見せてくる。
パッツパツだ。見事にパッツンパッツン。
こんなガタイの良過ぎるムチムチなナース、見たことがない。
正しく、はちきれんばかりのボディである。
ウイルスは必死に笑いを堪えながら、トリップに向かってぐっと親指を立てた。

「ナイスバディ、トリップ」
「確実にバカにしてるよな。何その顔」
「してないさ。ほら、俺だってこうしてメイドさんになってる訳だし」
「何その自慢げな顔」

笑いを堪えながらもメイド服に着替え終わったウイルスが、トリップの前で軽やかにくるりとターンした。
ヒラヒラと揺れる可愛いレースと無駄に涼しげなウイルスの笑顔に、若干感じる苛立ち。
けれど、蒼葉さん喜んでくれるかななんてウイルスに言われながら頭にナースキャップを付けられると、そんな苛立ちなど何処かへ行ってしまった。
そうだ、蒼葉が喜んでくれればそれでいい。
ウイルスも頭にヒラヒラフリルのたっぷり付いたカチューシャをはめ、やる気に満ちた表情で腕を組む。

「さて、蒼葉さんのところに行くか」
「なぁストッキングとかは?はかねーの?」
「穿く?意外と拘るな。俺はニーソにするけど…お前には、ああ、網タイツがあるよ」
「えー。それ可愛い?」
「可愛いというか、セクシー?あ、ガータベルトもあるからニーソ丈の網タイにしてこれ付けろよ」
「可愛いからどんどん掛け離れてね?まぁいいか。声も可愛くした方がいい?」
「いや、それ余計気持ち悪くないか?」

こうしてニーソックスとガータベルトに網タイツまできっちりと穿いて。
自称可愛いメイドとナースは、堂々と蒼葉の前に帰ってきたのだった。

「蒼葉さーん。蒼葉さんのお望み通り可愛くなってきましたよー」
「蒼葉ー。可愛い俺達だよー」

またふざけたことを言ってやがる。
思い切り睨み付けてやろうとシーツから顔だけを出した蒼葉は、そのまま固まった。

「おかえりなさいませ、ご主人様♪」
「蒼葉サーン、回診のお時間デース」
「ひ…っ!」

まさしく予想外、というか異常事態。
何故かノリノリで女装している二人がそこにいたのだから仕方ない。
これは、悪い意味で最高の迫力。

「き、きも…っ!何やってんだよお前らっ!」
「何って、蒼葉さんが俺達が可愛くないとおっしゃったので」
「蒼葉のために可愛くなってきた」

二人がそれぞれ、自分たちの中で最高だと思われる可愛いポーズを取ってみせてくる。
蒼葉はぞわぞわぞわっと全身が泡立つの感じで、思わず己の体を抱きかかえた。

「可愛くねーよ!やめれ!!」
「え?そうですか?可愛いでしょう」
「うん、可愛くね?」
「だから可愛くねーよ!一ミリたりとも可愛くねーよ!!」

蒼葉にたっぷりと二重で否定され、二人が顔を見合わせ肩をすくめる。
これなら結構いけるだろう…なんて期待は無駄だったようだ。
けれど、あーアホらしーと呟きながら蒼葉が完璧にシーツから顔を出してくれたので、ちゃんと意味はあったらしい。
ウイルスとトリップは、ベッドに寝転がる蒼葉の顔をそっと覗き込んだ。

「機嫌、少しは直してくれました?」
「俺達が可愛い可愛いって言いまくるから拗ねるとか、蒼葉ホントかわ……むぐ」

また蒼葉の機嫌を損なうようなことを言おうとするトリップの口を、ウイルスが咄嗟に手で塞いだ。
事実、蒼葉がこんな無茶なことを言い出したのは、二人が蒼葉を可愛い可愛いと言いすぎて蒼葉を怒らせてしまったからだ。
だからといって蒼葉にこんな無茶ぶりをされるのは困るけれど、そんな蒼葉のことも、ウイルスはやっぱり可愛いと思う。トリップがそう思っているのと同じように。
けれど、今余計にそれを拗らせる得策ではない。
この女装にも、本当に意味がなくなってしまうし。

「蒼葉さんが顔見せてくれないと、俺達寂しいです」
「……直る訳ねーだろ」

ウイルスの言葉を遮るように、蒼葉が呟く。
苛立ちを帯びた、暗い声で。

「なぁ…わかってるだろ?俺は男だ。どこにでもいるよーなただの平凡な男なんだよ。それが…可愛いわけなんてねぇだろ!」
「どこにでもなんていませんよ、蒼葉さんは」
「蒼葉はここにしかいない」

そういうことが言いたいんじゃない。
相変わらず上手く意思の疎通の出来ない二人に、蒼葉が溜息を吐く。
そのまま、諦めた様な冷めた目をして二人を見つめた。

「じゃあ、お前らってゲイなの?男が好きだったのかよ」
「そう思ったことはありませんけど」
「蒼葉以外に興味ねぇ」
「つか、俺のこの訳わかんねー力が目当てなだけだろお前ら。それを可愛いとか、おかしいんじゃね?」
「フフ、力がなくても蒼葉さんは蒼葉さんですよ」
「どんなだって蒼葉はかわ…むぐ」

まぁ、蒼葉に興味を持ったきっかけがその力のせいであることは否定しない。
けれど今となっては、それは本当にただのきっかけにすぎなかったんだと思う。
今蒼葉に力が無くなったとしても、蒼葉を解放なんて絶対にしないから。
そんなことを考えながら、ウイルスはまたトリップの口を塞いだ。
けれど、蒼葉の表情はどんどん沈んでいくばかりだ。

「…お前ら、やっぱおかしいよ。イかれてる」

本当におかしいものを見るみたいな。
何かに怯えているみたいな蒼葉の瞳に、二人は見つめられていた。

「おかしくなんてありませんよ」
「いかれてもねーし」
「じゃあ狂ってるよ。その目も、頭も」

ベッドの上、蒼葉が半笑いしながら静かに立ち上がった。同時に、白いシーツが宙を舞う。
二人の目の前で、蒼葉が纏っていたシーツを投げ捨てた。
露になる、痩せ細って骨ばった白い身体。
いつの間に、こんな風になってしまったんだろう。
あまりにも情けなくて貧相な己の姿に、蒼葉は声を上げて嘲笑した。

「ハハッ!こんな俺に欲情するとか、狂ってるよお前ら!」

そんな蒼葉を見つめる二人の喉が、ゴクリ、と同時に鳴いた。
蒼葉を捕らえる4つの瞳に、火が灯る。轟々と燃えるように。
ああ、欲情する。欲しくてたまらなくなる。何度でも。いつでも。
蒼葉のこの病的とも言える身体が、二人にはこの上なく、艶っぽく色っぽく見えるのだ。

「…じゃあ、蒼葉さんに教えてあげないといけませんね」

ギシ、とベッドを軋ませながら、ウイルスが膝からベッドへ上がる。
蒼葉の左手を取ってその甲にそっと唇を落とし、蒼葉を上目で見上げながら。

「俺達が、狂ってなんかないんだってね」

トリップもウイルスと全く同じ動きをして、蒼葉の右手にキスをした。
蒼葉の手に触れたまま、二人の唇がニィっと薄く笑みを作る。
恐ろしいものを含んだそれの意味に気が付いて蒼葉がはっとした時にはもう遅く、蒼葉の視界には、既にベッドの天蓋がゆらゆらと揺れていた。
自分を燃き尽くそうとしているみたいな4つの瞳がすぐに追い付いて来て、どちらからともなく唇を奪われる。
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