SS(本)

□ふたりはうそつき
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「蒼葉さんは〜♪」
「モルヒネのー」

「「お姫様ーー」」

二人で掛け合いをしてから、イエ〜イとハイタッチまでして。
ウイルスとトリップがびっくりする位のハイテンションではしゃいだ。
同じベッドの上、それを冷やかな目で眺めている蒼葉の目の前で。

「何だよそれ」
「嫌ですね蒼葉さん。何ってそのまんまですよ」
「ね。蒼葉はモルヒネのお姫様ー」

そしてまた、いえ〜いと二人がハイタッチ。言った後にはこれをやらなくてはいけないルールでもあるんだろうか。
こういう訳のわからない時ばかり、この二人は妙に仲がおよろしい。
やけに楽しそうな二人を眺めながら、蒼葉が疲れた溜息を吐き出した。

「姫って何だっつーの」
「じゃあ女王様が良いですか?」
「いいね。蒼葉になら踏まれたい」
「フフ、ハイヒールにボンテージ。蒼葉さんなら似合いそうですね」
「何の女王様だそれ」

相変わらず、自分の意思が一発で通ることは少ない。
額の辺りを押さえてまた溜息を吐く蒼葉に、左右から腕が伸びてくる。
下着の上にそれしか着ていない蒼葉のシャツを、ウイルスが少したくし上げた。覗いた腰骨の辺りをトリップの指が撫でる。
そこを見つめる二人の瞳がうっとりと細められて、恍惚とした表情。

「だって、ねぇ?」
「ねぇ」

二人が愛しそうに何度も撫でるそこにあるもの。
ピンクのハートがモチーフの、モルヒネマークの刺青。
蒼葉の腰に、綺麗に彫られていた。

「蒼葉さんがこうして、俺達モルヒネの一員になってくれた訳ですし」
「そうそ。テンション上がっちゃうよね」
「それでやっぱり、蒼葉さんにはそれなりの地位に就いて頂きたいと」
「蒼葉なら姫って感じじゃね?」
「いやいや姫はねーだろよ姫は」

呆れた表情をする蒼葉に対して、二人が同じようにそうですか?そうかー?と理解できないといった顔をして首を傾げる。
こんないい歳した男に対して姫とか真面目に言ってくる二人が、やっぱり改めておかしいと思った。
前々から思っていたことだけれど、この二人には自分が何か違う生き物にでも見えているんじゃないだろうか。

「でも、本当に嬉しいんですよ」
「ね」

名残惜しそうに蒼葉から離れた指で、二人も自分のシャツをめくりあげた。
そこには、蒼葉の体にあったものと全く同じ。
同じ位置に同じモルヒネの刺青。

「蒼葉さんとおそろいですから」
「ペアルックー」

いえーい♪と掛け声がしたのでまた二人でハイタッチするのかと思えば、二人の手の平は蒼葉へ向けられていた。
期待に満ちた瞳で見られたら拒否できなくなる自分の流され具合が嫌だ。
とか思いながら、蒼葉は仕方なく二人へ手の平を向けていた。
パチン、と勢いよく蒼葉の両手の平が叩かれて、二人はさっきよりも上機嫌にいえ〜いとはしゃいだ。

「あ、相合傘よりはマシだと思っただけだし…」

勢いとはいえハイタッチなんてしてしまった上、チラチラと二人の腰に自分と同じ刺青が見えて。
今更妙に気恥ずかしくなって、蒼葉が言い訳みたいに呟く。

二人がいきなり何かお揃いのものが欲しいと言い出したのは、ここ最近の話だった。
しかも物ではなくて、一生残る何かがいいという流れになり、気付けば勝手に三人同じ刺青を彫るという結論になっていた。
痛いのは嫌だと言えば無痛で彫る方法もありますしと即答されて逃げ道を塞がれ、そのまま事はすんなりと進んでいった。
しかも最初は相合傘に名前を彫ろうと真顔で言われたのだ。
流石にそれはないと必死に二人を説得し、とりあえずモルヒネのタグアートを彫るということに落ち着いたのだった。

「相合傘は却下されてしまいましたけど、俺達の頭文字はこうしてちゃんと入りましたし」
「俺達だけのモルヒネマーク、ってね」
「これ、必要だったか?」

モルヒネのマークの下、vatと三つの英字がデザインされて彫られている。
それはもちろん三人の頭文字だ。ご丁寧に蒼葉のaを取り囲む構図で。
蒼葉的にはvatとか最早単語としても意味わからないし何かちょっとダサくなりそうだし、正直必要ないんじゃないかと思ったが、二人にとっては最高に意味があることらしい。
ウイルスとトリップが自慢げに自分達の墨を撫でる。

「これは、俺達の証なんですから」
「何の証だよ。絆とか笑わせること言うなよ?」
「んー。じゃあ友情の証?」
「ぶっ」

トリップの言葉に、思わず蒼葉が吹き出した。
まさか友情なんて言葉が出てくるとは思わなかった。
トリップが不服そうに蒼葉を見る。

「ひでー。何で笑うの蒼葉」
「だっておまっ、今更友情ってな」

本当に今更だ。
こんな関係になった上で、今更友情とか。
呆れるを通り越しておかしくて笑ってしまう。

「今更、だなんて酷いですね蒼葉さんは」
「ねー」

二人の目の色と、肌に触れてくる指の撫で方が変わる気配がする。
蒼葉が少し、息を詰めた。

「俺達は今だって、たくさんの友情を持って蒼葉さんに接してるのに」
「そうそ。ただちょっと、愛情もいっぱいなだけ」

それを口にした唇が、交互に蒼葉の刺青に触れる。
ふたつの熱い舌が、べろとそれを愛でるように舐めた。
蒼葉を見上げてくる4つの瞳は、優しいようでいて飢えた獣のようだ。いつだって、蒼葉を狙っている。
指がそろそろと蒼葉の肌を撫でる。蒼葉の何かを掻き立てるように。
ああ、ざわざわざする。
これがお前らの言う友情なのかと、蒼葉は笑った。口元だけで。

「お前らって、ホント嘘つき」

笑ったまま、柔らかな皮肉。
返ってきたのは蒼葉の言葉を肯定も否定もしない、二人の微笑み。

「嘘だなんて酷いですね」
「ねー」

とか言いながら、シャツの釦を外してと下着を脱がそうとしているのは何処のどいつらなんだ。
けれど今更、それに抗う気も起きない。
二人に身を任せながら、蒼葉がいきなり何かを閃いたように手を叩いた。

「お!じゃあさ。俺、折角なら姫より王様がいい。その方がかっこよくね?」

蒼葉の言葉に二人が互いに視線を合わせてから、再び蒼葉を見る。

「蒼葉さんは〜」
「モルヒネのー」
「「王様ーー」」

もうすっかりお決まりになってしまった掛け声。
それが終わると今度は蒼葉も自然に手の平を差し出し、三人は華麗な流れでハイタッチした。
いえ〜いと三人の声が重なる。決まると意外と楽しいものである。蒼葉は笑った。
流されやすいタイプ、ここに極まり。

「でも俺が王様になったら、お前らは何になんの?」
「俺達ですか?蒼葉さんが王様ですから…」
「俺達は、王様の下僕」
「ですね」

そう言いながら、ウイルスとトリップは蒼葉の裸体をシーツへ押し倒した。
もう遠慮などなく、思い切り唇を貪ってその体を撫で回しながら。
やっと食にありついた獣のように、それは早急に蒼葉を支配しようとする。隠されていた獣の牙が見えた。

これが、王様に対する下僕の態度なものか。
頭の中で笑う蒼葉の目に、二人の腰に描かれた揃いのものがチラチラと映る。その瞬間蒼葉の体が大きく震えて、熱い息が零れた。
酷い快感。でもこれは、二人にこうして触られているからに違いない。
そう自分に言い聞かせて、蒼葉はゆっくりと二人へ手を伸ばした。すぐに指が絡みついてきて、ぎゅうっと握り締められる。
さっき手を合わせた時よりも、何倍も熱い。溶けてしまいそうに。
蒼葉の瞳が和らいで、口元に自然と笑みが浮かんだ。


「お前らって、ホント嘘つき」

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