SS(本)
□蒼葉がウイルスからかう話
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「んー…」
蒼葉の寝息が聞こえる。
その傍らで本を読んでいたウイルスは、蒼葉に視線を映してその髪を撫でた。
部屋には、珍しく蒼葉とウイルスの二人だけだ。
トリップには昨日やり残した仕事があったので、朝早く無理やり行かせた。
二人だけで優雅に朝食を取って交わって美味しいランチを食べて交わって今。
ああ、なんて充実した休日なんだろうか。
「だから昨日ちゃんとやれって言ったのに。馬鹿な奴ですよね、蒼葉さん」
俺も蒼葉と一緒にいーたーいーウイルスだけずーるーいーいーやーだーと最後までおもちゃを欲しがる子供みたいにジタバタしていたトリップを思わず思い出してしまい、何とも言えない気分になる。
あんなデカイ図体の駄々捏ねなど誰得だと言うのだ。
「でもまぁ、蒼葉さんがやれば可愛いですね」
なんて言いながら想像してみると、想いの外それが可愛くて顔が緩む。
ウイルスは本を閉じると蒼葉を後ろからそっと抱きしめ、うなじの辺りに鼻を埋めた。
蒼葉の温もりと匂い。
ああ、やっぱり落ち着く。なんて思いつつ体の疼きを感じていると蒼葉が動く気配がした。
「ん…」
ウイルスの腕の中で蒼葉が寝返りを打ち、向かい合う体勢。
しかも、首に腕を回されてぎゅうっと正面から抱きつかれる。
スリスリと首筋に頬擦りされて、暖かな息が肌に掛かった。
蒼葉の温もりと匂い。(二回目)
これは実にたまらないものだ!
(か、可愛い…!)
ウイルスのテンションと欲情は一気に最高潮だった。
自分から抱きついてきて頬ずりしてくる蒼葉(しかもお寝ぼけ風)とか、上がらない訳がない。
今すぐさぁすぐ即刻蒼葉を抱こう!
そう思ってニヤニヤを抑えきれない唇を蒼葉に寄せた瞬間。
「…トリップぅー…」
幸せそうな顔ですりすりされながら言われた言葉。
ウイルスは固まった。
ニヤニヤしたまま固まった。
いやもう固まることしか出来なかった。
「…………」
今のは何だ。幻聴か?
いや幻聴だそれに違いない。それ以外ありえない!そうですよね蒼葉さん!
あまりにも衝撃的すぎてちょっと理解の出来ないウイルスなど露知らず、蒼葉が首筋を下って今度は胸元へ頬を寄せてくる。
そしてまた、胸へすりすりと頬ずり。
「トリップー……………じゃない」
何回かウイルスの胸に頬を擦ったあと、蒼葉はそう言った。
思っていたものより薄くて冷たい胸板。匂いも甘いんじゃなくて、爽やかな清涼感。
それにはっと気付いて、ぱちっと蒼葉の瞼が開く。
あれ?今一瞬ちょっとだけ残念そうな顔しませんでした?
表情を引きつらせるウイルスと、おそるおそる顔を上げる蒼葉の視線がゆっくりとかち合う。
「………」
「………」
そして二人は至近距離で押し黙った。
何だろうこの気まずい空間。
「おはよー…、ウイルス」
「……」
ハハハ、と蒼葉が頭をかきながら笑ってみた。
ウイルスはといえば、未だ固まったままだ。
こんなこと、初めてかもしれない。
こんなにめちゃくちゃに心が折れる感覚。
寝言で他の男の名を呼ぶとか今時昼ドラでもなさそうな展開、誰が予想したというのだ。
しかもウイルスにとっては他の男より質が悪かった、トリップとの取り間違えは。
間違えるなんてお仕置きですよ蒼葉さん☆なんてやってる心の余裕さえ一切生まれぬ程の衝撃なのだ。
「ははは、寝ぼけてたー」
さすがにやっちまったと気が付いたのか、蒼葉が笑いながら取り繕ってみる。
しかしウイルスはまた押し黙った後、そっと自分に絡まる蒼葉の腕を外した。
そしてシーツに絡まって寝返りを打ち、そっぽを向いてしまう。
「……トリップじゃなくてすみませんね」
そう捨て台詞を吐きながら。
なんてわかりやすい拗ね方なんだろうか。
頭脳派なはずの男の拗ね方がまさかのこれ。所謂ギャップ萌えというやつなのかもしれない。
シーツにくるまるウイルスの後姿を見つめて蒼葉はそんなことを思った。
しかし実際、こんな幼稚なことしか出来ない位ウイルスのショックのデカさは半端なかった。
今泣いてもいいよって言われたら泣けるかもしれない。泣かないけど。
どうしてトリップなんだ。
どうして、あんな顔して自分ではなく今いないトリップを呼んだりするのだ!あんな可愛い顔と仕草して!
そう言えば朝起きると蒼葉がトリップに抱きついている確立のが多い気がしてきた…!
嫉妬やら悔しさやら悲しみやらが混ざったマイナスの渦が、ウイルスの頭をぐるぐる回る。
「おーいウイルスー」
ついにはブツブツ何かを一人で呟き始めたウイルスを、蒼葉がゆさゆさと揺らしてみる。
それで独り言は止まったようだが、ウイルスは変わらずそっぽを向いたままだ。
仕方ないので、後ろからぎゅうっと抱きついてみる。背中に頬擦りしながら、ウイルスーともう一度呼んだ。
「……蒼葉さん」
少し機嫌が直ったらしい声がする。ここら辺は結局単純である。
蒼葉はウイルスに抱きついたまま言葉の続きを待った。
「蒼葉さんは、トリップのどこが好きなんです?」
「え?」
ウイルスとトリップの間で、どっちの方が好き?と蒼葉に聞くのは暗黙の禁忌になっていた。
だからあえてこんな遠回りな聞き方。
本当は、そんなこと全く聞きたくなんかないんだけれども。
「んー。トリップは何か甘くていい匂いするしおっきいしあったかいしがっしりしてるし…」
「……」
そんなにたくさん答えてくれなくてもいいのに。
聞いておいて難だがウイルスはそう思った。
少し戻った機嫌がまた底をついてしまいそうだ。
やっぱりこんなこと聞くもんじゃない。
ウイルスは溜息をついた後、体を回転させてまた蒼葉と向かいあい、じっと蒼葉の瞳を見つめた。
「じゃあ、俺は?」
平静を装ってはいるが、内心めちゃくちゃドキドキしている。
色んな意味でドキドキしていた。
何せ、意外とこんなこと初めて蒼葉に聞いたのだ。
「ウイルス?えーと…えーと…」
いやいやいやいや!ちょっと待て。
ウイルスは焦った。
なんだこの間は。何でこんなに長考しているんだ。
さっきはあんなにすばやく答えが出たというのに、どうしてこうなるんだ!
そしてはっとした表情をした後、ウイルスの目の前で蒼葉が首を傾げた。
「……頭いいよな?」
「!?」
ガチャガチャガチャーン!
ウイルスの心が木っ端微塵に砕ける音がした。
間長すぎだしひとつだけだし疑問系だし。
これはあまりにも、あまりにもじゃないか!
「はは、なんて嘘だってー。ウイルスの眼鏡の形とか色とかレンズとかすげー好きだし」
「言い直した結果がそれですか!」
「うそうそー。俺すげースーツ萌え」
「知ってましたけど蒼葉さんはバカ!」
「あれ?今俺ひでーこと言われた?」
「しかも今スーツ着てないですからね!蒼葉さんって本当にバカ!」
こうして完璧に拗ねたウイルスをなだめるのに、蒼葉は相当の労力と時間を要したという。
ついでに腰と尻もめちゃくちゃ痛めたという。
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「…蒼葉のせいで、ウイルスが俺の香水使い出した」
「お前らホンっトに仲いいなー。俺あの甘い香り好きなんだよ。思わず抱きつきたくなるっつーか」
「もー。俺にしわ寄せくるし八つ当たりされるからウイルスで遊ぶの禁止ー。蒼葉だって結局いじめられてんじゃん」
「えー?だってさ、俺ウイルスの好きなとこホントはいっぱいあるけど、一番は、アイツの拗ねた顔だから」
「…そーいう妬けること言うのも禁止ー」
おわり