SS(本)

□迷うウイルス(R18)
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「は…ッ、蒼葉、さんっ」

もう、こうして何度繋がったのかわからない。
けれど何回抱いたって焦がれて欲しくてたまらなくなるから、またひたすらに繋がる。ただ本能のままに。
それの繰り返し。
ベッドで四つん這いになって尻を高く上げる蒼葉の腰を掴んで、ウイルスは無我夢中で腰を打ちつけた。
まるで、それしか能がない獣みたいに。
快感が体中を巡って思考を澱ませる。毒みたいに。

「あ、あぁ…ッ!」

快楽に高く甘くなる声が好きだ。
白く滑らかで手触りのいい肌が好きだ。
長く艶やかな蒼色の髪が好きだ。
柔く暖かくいつでも受け入れてくれる肉が好きだ。
自分を映すどろどろに蕩けた瞳が好きだ。
好きだ。全部。好き。
蒼葉が、好きだ。

「蒼葉さん…っ」

名前を呼びながら、その想いをぶつけるようにウイルスは蒼葉の中で爆ぜた。
そして息を吐く間もなく蒼葉の体をひっくり返して、唇を強請る。
噛み付いて、舐めまわした。獣のように荒々しく。
蒼葉の唾液は甘い気がする。それを味わうと逆に飢餓感が濃くなった。中毒性のある麻薬のようだといつも思う。

「は…っ」

そして充分に蒼葉を味わった後に感じるのは、心地いい充実感と幸福感。
だった。この前までは。確かに。

(何だ…?)
でも、いつからだろう。
感じるようになってしまった。
充実と幸福の隙間にある妙なわだかまりを。心に。

(何でだ…?)
ずっと焦がれていた蒼葉を手に入れたのに。
こんなにも、愛しいと思うのに。気持ちいいのに。
何も、疑問に思うことなどないはずなのに。
どうして、こんなに胸が騒ぐのか。わからない。
ウイルスにはわからなかった。


わだかまりを抱いたまま、ウイルスはベッドを一人離れた。
近くのソファーに腰掛けて、普段は吸わない煙草に火をつける。
ゆらゆらと天井へ上っていく白い煙。
その薄白いカーテンの向こうに、二つの影が蠢いている。

「蒼葉」

ひどく甘ったれたトリップの声がした。
蒼葉はもう既に、順番待ちしていたトリップの腕に抱かれていた。

「可愛い。蒼葉、可愛い…」

腕の中の蒼葉に同じ言葉とキスを繰り返すトリップを、ウイルスがぼんやりと見つめる。
飽きるほどにその行為を繰り返した後、トリップはようやく蒼葉をベッドへ押し倒した。
腰の下に枕を入れて尻の位置を上げて。キスしたまま、トリップは正面から己の熱を蒼葉へ溶かした。
さっきまでウイルスが存分に溶かしたそこの具合はいいようだ。
たまらないといった表情をして蒼葉を激しく突き上げるトリップを眺めながら、ウイルスは思い出していた。
いつからだったろうか。
トリップがあまり後ろから蒼葉を犯さなくなったのは。
可愛い蒼葉の顔が見れないと意味ない。そう言っていた。否定はしない。

「蒼葉…あおば、蒼葉っ」

まるで呼吸をするみたいに、トリップは蒼葉の名前を呼ぶ。甘く。何度も。
そして唇を重ねる。ぐちゅぐちゅと卑猥な音を立てて、中をかき回しながら。

「蒼葉。蒼葉。俺の、蒼葉…ッ」

快感に掠れた声で最後まで蒼葉を呼びながら、その逞しい腕に蒼葉を抱え込むように強く抱いて、トリップが大きく身震いする。
「俺の」じゃなくて、正確には「俺たち」の蒼葉だ。
いつも水を差すように一々そこへ訂正をいれるウイルスだったが、今日はそれどころではなかった。
ウイルスの眼が、トリップに釘付けになる。

「蒼葉…ずっと一緒だ。ずぅっと」

絶頂のあと、また甘く囁いて。
トリップがぐりぐりと蒼葉の胸に頬を擦り付けて、そのまま顔を埋める。
熱に蕩けた瞳で、縋るみたいに蒼葉を見つめたまま。
蒼葉だけを映す瞳。他には何も映さない瞳。

(いつからだ?)
いつから、トリップはこんな目をするようになったのだ。
あの何事にも無気力で不気味に虚ろう瞳はどこへ行った。
まるで、別人のような。
初めて見るそんなトリップの瞳に、ウイルスは驚きを隠せなかった。

(わからない)
ウイルスの煙草から、灰が落ちる。
その灰が床に散らばるみたいに。胸に点々と広がる焦燥感。
相変わらず蒼葉にしがみ付くみたいに抱きついているトリップを、ウイルスが呆然と見つめる。

(…俺も、そうなのか?)
トリップのように、こんなにも蒼葉に縋っているのだろうか。こんな目をしているのだろうか。
わからない。
自分ではそんなつもりはなかったけれど、目の前のトリップを見ているとわからなくなる。
さっき蒼葉を抱いた時、自分は一体どんな目をしていたのだろうか。

「トリップ…」

蒼葉が囁き、トリップの髪を撫でて背中に手を回す。
まるで飼い主が飼い犬に向けるような。親が子に向けるような。
慈愛に満ちた瞳。
けれど、蒼葉のその唇はにんまりと妖しく歪んでいた。

「…っ!」

その蒼葉を見た瞬間、ウイルスは胸に感じるわだかまりの正体をやっと理解した。
最初から、蒼葉の身も心も支配しているつもりでいたのに。
本当は、支配されているのは自分達ではないのか。
落とすつもりでいたのに、本当に落ちているのは自分達じゃないのか。
世界が蒼色に染まっていく。それだけになっていく。壊されていく。

わだかまりは、それへの抵抗心だ。





「…何考えてんの?」

ベッドへ戻りぼんやりと天井を眺めていると、蒼葉を挟んだ向こう側から声がした。

「わかるだろ?」

いつだって、相手の思考が手に取るようにわかる。二人の間の思考は共有だ。
ウイルスの言葉に、トリップは珍しく声をあげて笑った。

「ハハ、わかるよ。…でも、わかんねぇ」

語尾の頃には、トリップは真顔になっていた。
ウイルスの手首を強く掴む。そのまま引き寄せた中指の先に、ガリ、と噛みついた。目を醒ませと言わんばかりに。
いつものトリップの瞳に、見つめられる。

「何にビビってんの?ウイルス」
「そういう訳じゃない」

心外だと言わんばかりに、眼鏡をかけ直す素振りをしてウイルスはトリップを睨み返した。
トリップは薄く笑みを浮かべてウイルスの腕を離すと、今度はその指で蒼葉の手を取り白い甲にキスをした。

「憧れの蒼葉手に入れて毎日蒼葉と気持ちいいことして。楽しくない?」
「それは否定しない。…けど、あまりにも蒼葉さんが中心すぎる気がする」
「それが何か問題あんの?」

意思のすれ違い。
こんなこと初めてかもしれない。
トリップの問いに上手い答えが見つけられず息を詰めるウイルスとは対照的に、トリップは蒼葉をまた腕の中で抱きしめた。幸せそうに。

「俺たちに、蒼葉だけ。そんな幸せなことって他にあるか?」

やはり答えは見つからない。
蒼葉を手に入れて楽しいし、幸せだって感じる。確かに。
でも感じ始めたわだかまりも消えない。
本当にこのままでいいのか?支配するどころか支配されているかもしれないのに。
このまま落ちていいのか?壊れてしまっていいのか?本当に。

「…っ!」

しかし次の瞬間、深く思案していたウイルスの顔に急に痛みが走った。
視界がぐるりと回って体が勢いよく後ろへ倒れる。
ズレた眼鏡の視界で天井を眺めながら、ああ、今自分は顎を蹴り飛ばされたのだと理解する。
意味のわからない急襲をしかけてきたトリップへの苛立ちを感じながら体を起こしたウイルスは、硬直した。
驚きに。

「…辛気臭ぇ顔してんじゃねぇよ」

脚をブラブラさせてそう言い放ったのが、トリップではなかったから。

「よぅ、ウイルス」

その声。
金色に光る、鋭い眼差し。
今ウイルスの目の前にいるのは、紛れもなく。あの頃の、自分たちが初めて心奪われた蒼葉だった。
その証のように、見つめられているただそれだけで体の芯からゾクゾクが這い上がってくる。声が震える。

「…ハハッ。お久しぶりですね、蒼葉さん」
「なぁ、俺達をこんな狭ぇ檻に放り込んでおいて、その体たらくか?」

蒼葉はウイルスを鼻で嘲笑ってから、トリップに凭れてふんぞり返った。
この高圧的で常に人を見下してるみたいな態度、まさしくあの頃の蒼葉だ。
トリップも懐かしさに興奮を覚えているのか、凭れ掛かってくる蒼葉の首に顔を擦り付けるように埋めていた。

「…ふざけんなよ?」

見えない金色の棘が容赦なく突き刺さる感覚に、肌が粟立つ。それは快感に似た。
蒼葉の唇が、またにんまりと妖しく笑みを作った。
そしてゆっくりとウイルスへ伸ばされてくる腕。
指がそっと首に回される。
目の前まで迫った金色に囚われて、ウイルスは動けなかった。

「安心しろよ。そんな心配しなくても、ちゃんと俺達なしじゃ生きれねぇようにしてやるから」

魔性の声の特性は使われていないのに、まるでそれを浴びたみたいに。
蒼葉の声が頭に体に溶けていく。そして騒ぎ出す。
首に回された蒼葉の指が、ゆっくりとウイルスの首を締め上げていく。
浅くなっていく呼吸と、蒼葉の唇が耳元へ寄せられる感覚。

「それで、最後は俺がぶっ壊してやるよ」

呟かれた言葉に、ウイルスは思わず恍惚の溜息を漏らした。
快感に似たものじゃない。今自分が感じているのは、確かな快感に違いなかった。
身体が熱く疼く。痛い位に。
ぐっと一度強く首を締めてから離れていく蒼葉の指に感じる物寂しさ。
そしてまたいつものように蒼葉が足りなくなって、焦がれる。
トリップの腕の中に戻った蒼葉が、嘲笑めいた笑みでウイルスを見た。
その視線で、ウイルスは己の熱が完全に反応していることを知った。

「フフッ」

全くもっておかしな話だ。
さっきまで、蒼葉に支配されることに抵抗を感じでいたはずなのに。
素直に喜んでいる。身体が。
蒼葉に支配されることを。壊されることを。求める位に。

「…ありがとうございます、蒼葉さん」

独り言のように呟く。
今までわだかまりを感じていた自分が、何だか馬鹿らしい。
何に悩んでいたのかわからなくなるほど、心は晴やかだった。
そうだ、別に何も迷う必要なんてない。
このまま蒼葉に支配されて壊されてしまえばいいだけだ。
それが、自分の最上の喜びなのだと知ったのだから。

ご褒美とでも言いたげにトリップの口付けに答えていた蒼葉が、ちらりとウイルスを横目で見る。
その瞳はすぐに閉じられて、蒼葉の体は力なくトリップに凭れ掛かった。
そして再び開いたその目は、金色といつもと蒼葉が混じった色をしているように見えた。

「…来いよ、ウイルス」

それに見つめられて、名前を呼ばれる。
喉が枯れてしまいそうなほどの飢餓感に、もう我慢など出来そうもなかった。
本当に魔性の声だ。いいや、魔性の人だ。
ウイルスはそのまま勢いよく蒼葉を押し倒した。
トリップの腕の中に。

「やっぱりこうでないとね」

蒼葉の唇をまた獣のように貪っていると、上から楽しげな声が聞こえた。
その楽しげに揺れる瞳に映るのは、蒼葉と自分と、三人だけ。
きっと今の自分の瞳もそうなのだろう。だって、楽しくて仕方がない。
同じ色をした二人の視線が交わる。

「俺の考えてること、わかるか?」
「もちろん」

やはり、意思は共通だ。これからもずっと。
視線を交わしたまま、二人は笑った。
屈託のない笑みで。新たに芽生えた欲望に身を焦がしながら。


(( ああ、もっと壊して欲しい ))




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